<洋楽ファンのひとりごと> 2004. 6-12月

 

 

歌詞については、私もかなり信を持って言えることだけしか書かないつもりですけど、

ただ、ココで書いてることは、あくまで私個人の歌詞解釈にもとづいてますので、

絶対それが正しいとは現時点では言い切れません。

その点どうぞあらかじめ、おふくみ下さいませ。

 

 

 

   

 

2004.12.12.

★ほんとか?★

ウワサなんですが、2005年、2月にScritti Polittiの"Early"というアルバムがリリースされるとか、されないとかゆー話があるようです。Amazon.UKでは、既に予約受付を開始しているので、リリース日付が遅れる可能性はかなりあると思いますけど、ホントに出ることは出るみたいですね。Amazon UKで、Scritti Politti を検索すると出てきます。ただ、このタイトルとジャケットデザインから見ますに、新作ではなくてたぶん初期作品を集めたものなんじゃないかという気が、あやぼー的にはします。ともあれ、私もいち早く予約しておくつもりです。

まあでも、こういうのが出るってことは次の作品の前触れみたいな含みもあるんじゃないかという気がするし、少なくともいちおー、グリーンがレコード業界で生きてるという確認くらいにはなる。とゆーことは、そう遠くない将来に新作が出る可能性はおおいにあるんじゃないか、なー? (うーん...)、だといいが...。だってー、ふと気がつけば既に5年なんですねえ、A&Bのリリースから。毎度のことなんでもうみんな慣れてるというか、またかー、状態で誰も気にしてないというか、でも5年なんですよっ、5年、ねえ、グリーンさん、何とか言ってっっっ。ああ...。

 

 

2004.11.13.

★マルセル・デュシャン展★

大阪の国立国際美術館で、マルセル・デュシャン展が開かれているそうです。12月19日までらしいので、あやぼーもぜひ近々見に行って来たいと思ってます。元々ねー、デュシャンなんて何のキョーミもなかったのに、グリーンとかフェリーさんとか知れば知るほどそこへ行き着くってゆーか、いや、そればっかりじゃなくて70年代以降、そういうアートスクール出身のポップ・グループっていうのは英国のミュージックシーンにおいて重要な役割を果たしてきてるわけで、そのへん考えるとどうしてもデュシャンの存在って無視できなくなるなーって。それに以前ココでもちょっと書いてましたけど、ジャニス・ミンクの本を読んでからデュシャンってヒトそのものにも興味あるし。

この展覧会では例の「大ガラス(The Bride Stripped Bare...)」の東京版も出展されてるということだし、実物見るチャンスよね。詳しくは国立国際美術館のHPでご覧になれますので、興味がおありの方はぜひひとつ。あやぼーも見てきたら、また感想とか書くかもしんない。

 

★今度はメルセデスだってさ★

この前、クルマのアウディ・マガジンのインタヴューに先生が出てたって話してましたけど、今度はメルセデスのニューモデルキャンペーンやるんだってさ。"Fool For Love"のCF用バージョン作って使う他、キャンペーン用のミニ・ムービーなんかにも顔出してるとかで、なんだかんだ言ってもやっぱブライアン・フェリーよねーって、嬉しくなっちゃうわけです、私としては。

だってさー、いまどきメルセデスのイメージにぴったり合う芸能人ってちょっと他に思いつかないじゃん。フェリーさん除いてミュージシャンどころか、俳優にだっていないよ、そんなの。まー、やっぱりエレガントでありながら、クール&インテリジェントとゆーか、それでいてそこはかとなく大人の遊び心を感じさせるとか、そーゆーイメージじゃないですか、メルセデスって。うん、やっぱ先生以外考えられないぞ。

うーん、フェリーさんのあの優雅さってのはさー、あれはもー、生まれつきなんよね。また贔屓の引き倒しをと思われるかもしれないが、なにしろ私は「芸術家史上主義」、それって「芸術至上主義」よりまだずっと過激な考え方なんですけど、つまりこの世でほんまもんの芸術家以上に偉いもんはないっ。いいの、どうぞ独断と偏見と言ってちょーだい、世の中なんてどうせもともと独断と偏見で成り立ってんだし、信じたもん勝ちよね、こんなの。で、要はね,私にとっては例え王侯貴族であろうとも、ハートのないもんはサルも同じ、社会的身分がどうあろうと所詮サル山のボス猿程度のイミしかないわけ。エリザベス女王だろーが、合衆国大統領だろーがっ。

元々,私にとっては「人間」の社会そのものがサル山のひとつ程度のイミしかないんですけど、だから私はめったなコトでは自分の頭の上にヒトなど置かん。その私が、「フェリーさんだけは特別、あれは私の王様」と言い切ってはばからないのは、当然あの作品のせい。前にも書いたけど、作品を通して以外、フェリーさんてホントはどーゆーヒトなのか知る術ってないと思う。でももう、それ通して見ると、あのピュアな精神性とか、誇り高さとか、それはもうなまじなサル山の貴族階級なんぞ足元にも寄れんほど生まれつきの「王様」なんだな、これが。でもって、敢えてゆーけどほんまもんの「天才」。彼っておくゆかしいから、そーゆーのわざわざ表に出そうとしないだけなんだからね。だから外側から見たイメージにしたって、無理矢理ポーズで作ってるわけじゃなく、元々根がそうなんだってことね。イギリスってのは未だに貴族階級が現存してるって特殊な事情があるから、先生でさえ未だに出身階級がどうとか言われるんだけど、そんなもん私に言わせれば何のイミもございませんわ。

そういえば、フェリーさんてプライヴェートで出かけるのにわざわざドレスダウンして偽名使って彼だと分んないようにしちゃうことがしばしばあるって話だし(外見変えるなんてお手のもんだと思うから、彼がその気になったらまず絶対分んないんじゃないか?)、他のロック・アーティストに比べてパブリシティに積極的じゃないとも言われてて、それは私思うに、必要以上にごちゃごちゃ世間に騒がれるのがヤなんだな。だからちやほやされて嬉しいってゆー、タダののーてんき芸能人とは根本が違うのよ。でもファンには優しいし、よく気も使うヒトだってのもホントだから、冷たいヒトじゃないってのも分かるよね。ま、当然、ミュージシャンとしては世界中に私のよーな熱狂的通り越して神様のよーに信仰してるファンが山ほどいるんだし、その気になればアウディだろうがメルセデスだろーが、だいたい昔からクオリティの高いカルチャー・マガジンでも折にふれて取り上げられる人物なんだし、やっぱ単なるポップスターじゃなく本物の芸術家サマよね。芸術家サマ。

何はともあれメルセデスのキャンペーン、ファンとしては嬉しいですけど、それでまた必要以上に忙しくなって、健康害するなんてことがないよーに祈りたいです。もー、来年は60なんだから、そこんとこちゃんと自覚してんだろーな、あのヒトは...。

 

 

2004.10.30.

★訃報が続きますね★

デリダ氏に続いて、BBCのジョン・ピールが亡くなったというニュースが入って参りました。いやー、なんか大人物の訃報が続きます。ジョンピールと言えば、ROXYやScritti Polittiがブレイクするのにも一役買った方ですし、そもそもそういったユニークな新人バンドの発掘に大変尽力して来られた方だったんですね。昨今、こういった有象無象の中から「本モノ」を発掘出来る目や熱心さを持った方なんてのは、業界でも珍しくなってるようですし、まあ、だからロクなバンドが出て来ないってのもあるんだろうけど、何にしても英国の音楽業界、更には世界のミュージックシーンにとっても大きな損失であることは間違いないと思います。

まだ65歳だったそうですが、奥様とペルーに滞在中の心臓発作が元で亡くなったということで、あやぼーもご冥福をお祈り致します。それにしてもなんか複雑な心境ですねえ、こういう方が亡くなると。何か一時代が終わったみたいな感慨というか、ホントにこれからどうなるんだろうなあ...。

 

2004.10.12.

★ちょっとお知らせ★

突然なんですが、ジャック・デリダ氏、亡くなられましたね。つい先の金曜日ということで、74歳、癌だったそうです。こちらにそれに関する記事が載ってます。

なんかやっぱりすっごいショックですね。いや、もうお年がお年だけに気にはなってたんですが、とうとう、という感じです。今日は、そのお知らせだけなんですが、さっき知ったので皆さんにもお知らせしておきたかったのでありました。あやぼーも心からご冥福をお祈りしたいと思います。ああ、悲しい...。どうなるんだろうなあ、これから...。

 

2004.10.2.

★ヘン...★

↓で、"2HB"の話をちょこっとしてて思い出したんだけど、そう言えば鉛筆のタイプに「2HB」なんてないんだよな。だってHBって「H」と「B」の丁度中間だからHBというんであって、鉛筆の芯は堅くなるに従って2H、4H...、柔らかくなるに従って2B、4B、6B...となっていくもんじゃありませんでしたっけ?

なんかみんな深く考えずに鉛筆と結びつけてるんだけど、で、誰か一人がそう言うと誰もがそうなんだと納得してしまうらしいんだけど、そうするとますます可笑しいよね? このタイトルは。私はコレのもうひとつのイミについては以前ちょこっと"Study of the lyrics"で書いたような気がするんだけど、あれはグリーンの作品について書いてるページだから内容的に不適当と思って今は一旦そのくだりは削除してるかも。でも、あやぼー的にはちゃんとあれは作品のイミと関連した二重性を持ってるタイトルだとは書いてたと思うよ。つまり"2HB"が"To Humphrey Bogart"以外に何の略なのか、ということですが。

あれもアルバム"Mamouna"のテーマ性と関連あって、Humphrey Bogart自体が二重にイミを重ねてあるんだろうなと、私はどうしても思えてならないんですけどね。うーん、相当ひねくれてないと、みんなそんなことまでは考えてもみないんだろうか...???

 

 

 

2004.9.27.

★ふんっ、やっぱりそうなんじゃないか★

例の本、"The thrill of it all"ですけど、既に三分の一近く読んでしまったぞ。中には、そらみろ、私の言う通りじゃないかってコトもあって、面白いんでビシバシ読めてしまうのー。

例えば、私、以前ココでフェリーさんにとってカヴァー曲はデュシャンのレディメイドにあたるんじゃないかというよーなコトを書いてましたけど、先生自身もそう言ってるんだってさ。「レディ・メイド」だってことは、それは単にできあいの曲をカヴァーしてるに留まらず(それだったらデュシャンのコトバを借りて「レディメイド」とは間違っても言わん。タダのミュージシャンならともかく、ファインアート専攻でリチャード・ハミルトンをして「"Bryan Ferry - my  greatest creation(プライアン・フェリーは私の最大の作品だ)"」とまで言わせしめた芸術的センスの持ち主なんだぞ、先生は。)、そのカヴァーに彼独自のイミが付加されてるっていう私の見解も決して間違ってはいまい。ただ、問題はその「付加されてるイミ」が何かということで、それが私の思ってる通りだとすれば、あまりにもクレイジーなんだけどね。そういえば、先生の曲に確か"Crazy Love"ってのもあったっけ。 

まあそれは置いといて、それとかさ、フェリーさんの昔からの友人であるデザイナーのアントニー・プライスは彼のことを"a gay man in every sense other than his sexuality(彼は性的嗜好とは違って、あらゆる点でゲイ的な資質を持ち合わせている )"」とかゆーのよ。昔、けっこう先生にはその方面のお友達とかもいたんで、一部では彼もそうだと思われてたりとかして、「ああやって女の子をいつも側においておくのはカモフラージュになっていいよね」とかマジで言われたこともあるんだって。笑っちゃうけど、私は例えそうでも驚かないぞ。以前、彼って繊細でデリケートなヒトだとか書いてたけど、それってもー、それ自体がホモセクシュアルに転びやすい資質なんだってさ。なんとなく分かる気がするが、繊細に過ぎて女なんて無神経なイキモノを側においとけなくなるんだろね、ある種のタイプの男のヒトは。でも先生の場合、それはアントニー・プライスの言うように「性的嗜好と違って」という条件付きで、もう今や疑うヒトもないだろうけど、敢えて言わせてもらうならあれは本当に根っから女のコが好き....、いえ失礼しました、ストレートでいらっしゃいます。それは作品が物語ってますから。

彼の作品をヘッドフォンで聴いてると、まあなんと細かいところまで気を使ってあることか、とつくづく思うんですけど、それって作品だけに留まらず、住んでる家の中とかもそんな感じなんだよね。最近、アウディ・マガジン(クルマの)のインタヴューで彼の自宅のピアノ・ルームで撮ったと思しき写真があったんだけど、あー、やっぱりなあ、という、それこそハウス・アンド・ガーデンとかハウス・ビューティフルなんてハイ・クオリティなインテリア雑誌に載ってそうなパーフェクト・ビューティなお部屋だったわよ。昔住んでたフラットとかも、なんかすごい凝ったデコレーションしてたしな。カッコつけたがりとかそんな生易しいもんじゃなくて、それはもう救われないまでに生まれつきの資質なんだと思うよ。ついついそうやっちゃうんだな。で、彼の作品って、その空間を音楽に置き換えた、みたいなとこがあるの。

で、フェリーさんとRoxyの関係にしたって、この"The thrill of it all"の著者であるDavid Buckley さんは、こうおっしゃるわけですよ。

Roxy Music was Ferry's baby, his vision: others could contribute the odd line, even the occasional near-show-stealing scene, but he, Ferry, was the stage director, editor and producer rolled in one. Good at talent-spotting and brave in surrounding himself with a circle of like-minded creative talent, he was very much the auteur, or at least thought himself to be.(ロキシー・ミュージックはフェリーの創造物であり、ヴィジョンであり、他の者はそれに貢献し時おりは注目を集めることもあるだろうが、しかし、フェリーこそがそのステージ・ディレクター、エディター、プロデューサー、それらを一つにした役割を演じて来たのだ。才能を見出すことに長け、同様のクリエイティヴな資質を持った人々の中にあってさえその中心にあり、彼は作家(創造者、発案者、発明者)、少なくも自らそうあろうとして来たのである。)

ね? 現在に至って、その中心的メンバー5人が、一人もかけずに英国の音楽史に名を残してるってことから言っても、私が言ってた「フェリーさんは才能を見抜く目も持ってるよね」って、あれはやっぱりモノの見えるひとなら感じることなわけですよ。それとか私、「Roxy Musicはフェリーさんのキャンバスだったから、二人の画家が共有するわけにはいかなかった」とも書いたじゃない? 

そこそこクオリティの高そうなジャーナリストにこうもあれこれハマったことを書かれると、やっぱり作品と作者っていうのは通底してるもんだという私のセオリーに自信を持ってしまうぢゃないのー、ねー? それに彼自身もインタヴュー嫌いの理由として、ひとつには "I always feel vaguely embarrassed talking about myself. There's something not quite right about it. Plus, I like to think that the work speaks for itself and doesn't need footnotes.(自分のことを話すっていうのには、ずっと違和感を感じて来たんだよ。どうもそれは正しいことじゃないような気がしてね。それに、作品がそれ自体で語っていると思いたいから、わざわざ脚注めいたものを付ける必要はないと思うんだ。)」とか言ってたから。よし、私はやはり少なくとも「日本で一番、先生の作品を理解している」という自負を新たにしたぞ。ざまみろ、歌詞もロクに読めんくせにデタラメばっかり書いて来たようなアホなライターなんか、そのうち徹底的に粉砕してやる!! 往復ビンタくらいでは済まないぞ。(決意!!) 前にも書いたけど、ホント怒ってんだよ、私は。

しかし、それはそれとして、その作品からそれだけのことを類推するには相当に特殊な資質というもんが必要なのもどうやら現実らしいから、それをまるっきり説明ナシってのも、世の一般の人たちに対してあまりにも不親切ではないかとも思うのよ、私は。"The Bride Stripped Bare"にしたってさ、フェリーさん、あれあのままにしといていーの? ってつくづく思う。あんな素晴らしく美しい作品を、タイミングが悪かったとはいえ、あんな無価値なバカ女と結び付けられたままにしとして、コアな英国のファンでさえそんなの信じてるって、それじゃあまりにも、あーっまりにもっ!! あの作品が可哀想ってもんじゃないですかい? (泣) だから、いつかそのうち直接そう言ってやる。確かに、先生もこれまで説明のしようがないってのはあったかも知れないけど、だったら私が代わりに全部言ってあげるわよ。あの取るに足りないバカ女だけは、私、いっぺん絶対ケトばしてやらなきゃ気が済まないんだよっ。

ところで話はコロっと飛びますが、私は初期のROXYについて知るにつけ、ROXY MUSICって後のパンクの原型なんじゃないかという気がそこはかとなくしてたんだ。で、この本書いたBuckley さんも"Roxy Music were Britain's first punk band. (ロキシー・ミュージックは英国で最初のパンク・バンドであった」と言及しておられる。少なくとも、Roxy Musicが後のパンクにとって大きな影響を与えたバンドである、とは言えるようよね。英国でもこういう認識は一般にされていないようで、この本の著者も「This is an astonishing claim(驚くような主張かもしれないが)」とことわってから言ってるんだけど、どうもフェリーさんてヒトが天才すぎるのか、後に一般的になったことで、彼が一番始めにやったはずのコトっていろいろあるんだ。それも「70年代前半においてROXY MUSICは最も影響力のあるバンドだった」とも言われる所以のひとつだと思うけど。でも、やるのがあまりに時代に先んじてるもんだから、一般に認識されないままになってるのよね。パンクの流行なんて、Roxyデヴューの遥か5年後だもんな。

とゆーよーなわけで、この本の著者は、始め思った通りなかなか鋭い見方をフェリーさんやROXYに対してしてて、しかもこれまでの本よりはるかに内容が豊富なので、あやぼーとしては是非読んでみてもらいたい本として挙げたいです。とは言え、残念ながら彼の作品の歌詞については今のところ格別はかばかしい理解というのは示してくれてないけどね。例えば例の"2HB"、To Humphrey Bogart まではこれまでも言われてることなんで誰でも知ってる、しかしもうひとつのイミを鉛筆の"2HB"とひっかけてあるという程度にしか取れないのは、あやぼー的には「おいおい、それは単純すぎやしないかい」ってなもんですな。だって、それじゃその"2HB"の鉛筆が、この作品の内容とどういう関係があんのさー。言っとくけど、先生ってそんなザッパいアタマのヒトじゃいなのよ。詩人なのよっ、詩人っ。私に言わせれば、アルチュール・ランボーにも匹敵する天才詩人なのよーーーーっっっっ。

叫んでしまいましたが、ことほど左様に彼の歌詞は理解されていない、という悲しい現実をまた目の当たりにさせられてしまったようです。でもま、読み物としては面白いんでROXY MUSICの初期からの細かい背景をお知りになりたい方にはオススメしたいと思います。私も残り三分の二、頑張って読みます。

 

 

2004.9.18.-9.19.

★近づいて参りました★

何が近づいて来たか、とゆーと、それはもう9月と言えばほれ、ほれほれほれ、先生サマのお誕生日ではありませんか。9月26日で、59歳のバースディを迎えられるわけですが、あとたったの一年で60...、なんてとても信じられませんわ、私。実は、2002年に例のスキャンダルで隠し撮りされた写真を何枚か見たことあるんですけど、カメラ向けられてるとか別に意識も何にもしてなくて、ふつーに歩いてたり話してたりしてる写真が、いったい何なのこの若さは、とゆー。

"As Time Goes By"の頃って、ちょっとフェリーさんもトシ取って見えるなー、もう50代半ばだもんねー、と思ったりしてたもんですが、あれはいったい何だったのか...? 元々、70年代の頃でも、写真によっては妙に若く見えたり、かと思うと老けて見えたりいろいろしてたんですけど、ふつー思われてる以上にバケんのがうまいということなんでしょうか...。演劇もちょっとかじったことがあるとか聞いたことあるし、だからステージとか写真撮られてるって分かってる時に若く見えてもちっとも驚かないんですが、隠し撮りされててああも若く見えるというのは、あれはもー、あっちが地かと思うと怖いというか、やっぱりそうなるかというか...。

なんでやっぱり、なのかとゆーと、究極哲学=不道徳哲学を信条として生きていると、既成概念に囚われるということが極端に少なくなるんですね。だってそれって世界が元来、概念不在であるということを認識することですから、事実上存在しないもんに影響されるわけないじゃん? で、それは所謂、世に言う「アクマに魂を売った」状態なわけで、いや、もちろんそれは私に言わせればThe Right StuffだかQueen of the Nileだかに洗脳されてるヒトたちから見た理屈で、あやぼー的には「唯我独尊、こっちの方が正しい」と思ってますから全然反対なんですけど、そういう考え方を基盤に生きてると、いくつになったらこうしなきゃ、みたいな、自分で自分を型にはめるようなことをしなくなっちゃうんだな。フェリーさん見てれば、なんとなくそういうのって分かるじゃないですか。当然そういう精神性って外見と不可分じゃないから、実際の年令より遥かに若く見えたってさほど不思議じゃないわけね。

グリーンにしても40代になって"A&B"をリリースした時に言われてたけど、やっばりすごくトシよか若く見えるってさ。あやぼーも、自分がそろそろ実年令言ったらバケもの扱いされるかもしれない...、と密かに危ぶまなければならないほど、二十代前半の頃と外見殆ど変わらないんで、やっぱ、悟り開くと悩みがなくなるからかなー、と常々思ったりしてたのよね。ま、あの二人の場合、私のよーに根本的に根っから「わるいこ」じゃないどころかヒトが善すぎるんで、悩みがなくなるどころか、それでより大きな悩みを背負い込んじゃったりしてますけど。でも一般に人間が老け込むのって、自然のものよりも環境からくる要素の方が強いんじゃないかと思うし。つまり、例えば20代でも、結婚したり、子供が出来たりすると、もうそうそうチャラチャラした格好も出来ないし、主婦とか、お母さんとか、誰が見てもそう見えるような型に、知らず知らず自分をはめてるもんなんですよ。最近、一昔前のようにオバさんって感じじゃなく、ヤンママ・タイプの女性をよくみかけますけど、それだって結局、時代が許容する「ヤンママ」というスタイルに自分をハメてるだけなのよね。それとか結婚しないまでも、就職すればそれなりにリクルート・ファッションとかさ、髪型でも服装でも周りからはみ出さない型にみんな変えてくでしょ? で、それがいつのまにか定着しちゃって、「トシ相応」に見えるようになっちゃう、と。それせずに済むのは、やっぱり「はみだしっ子」とか野生児の特権かもね。

そうそう、そう言えば、私が始めてフェリーさんの写真を雑誌で見かけた時の印象ですけど、「なんでこのヒトはこんな子供みたいに澄んだ目をしてるんだ」って結構ビックリしたんで覚えてます。そりゃもう、先生のことですから、めちゃダンディでカッコよくて、決まりまくってんですよ。それなのに、どうかするとそういう印象がある。他にもありますね、そういう写真。まあ、そりゃロック・アーティストなんてスキャンダラスな外側の側面からだけ見てりゃ想像も出来ないでしょうけど、作品を通して見ていくと、その第一印象が如何に大当たりだったことか。ああいう世界に30年以上いて、こうまで変わらずピュアなアーティストであり続けられるってのが、感嘆に値するというか、どこまで行っても俗物化しないんだもの。嬉しいなあ、私はそれが。60も近くなってアレですから、もう、まずこの先も変わることないだろうし。

フェリーさん自身、昔から自分のことをポップスターだとは思ってないと言ってるし(グリーンも自分のことそう言ってるんだよね、似てるよなあ、そういうとこ。グリーンもこの先どこまで行っても絶対俗物化して退屈になることありませんよ。"A&B"で私は確信しました)、それに自分の作品はアートだと思ってるとも言ってて、更に音楽こそ人生、みたいなことも言ってるし、それってやっぱり芸術家だってことよね。私、前にも言ってましたけど、彼の作品の真価っていうのは、どーやってもこーやっても同時代に評価されうるような矮小なものじゃないんだよね。実際、ここしばらくいろいろ資料を漁ってて、本国ですら一部を除いて如何にまるっきり理解されてないかに私は驚愕してます。英語圏のヒトでさえこの認識なんだから、もう今更、日本のプレスの無理解責めたってムダという気がつくづくと...。それってもう、どの文化圏に生まれて育ったかということよりも、生まれつきの資質の問題ってことよね、既に。ともかく、こうまで分かられずに来て、あれほど理解されえないテーマを歌い続けてて、よくまあ、今まであの世界で生き残ってこれたもんだと思う。逆に言えば、それがイギリスって国の文化的に面白い所かもしれないですけどね...。先生だけじゃなく、日本やアメリカの一般的なポップスの認識からゆくと、ほんとヘンだものなあ、ブリティッシュポップ/ロックの世界って...。

Roxyって、特に初期の頃、アメリカでブレイクするのにものすごく苦労したんですけど、で、あの少なくとも表向き穏やかなヒトがポロっと「アメリカ人は、イギリス人ほどインテリジェントじゃない」というかなりキビシイ感想を漏らすほど、同じ英語圏なのに一般的な文化の質がかなり違ってんですね。いや、それはもちろんあくまで一般論であって、個人的な知的レベルを言えば、どこの国だからどうってことはないんですけど、敢えて言うならポピュラー音楽に求められる要素に、アメリカとイギリスではテイストの差があるんじゃないかなと思う。翻って日本でけっこう初期の頃からRoxyが受け入れられたのは、当時、わざわざ洋楽を聴くようなファン層が、愚にもつかないアイドル歌手追っかけ回して喜んでるよーな連中よか、いちおー知的レベルがマシな方だったからじゃないかって気が、あやぼー的にはするな。

ともあれ、59歳のお誕生日おめでとうございます。これからもどうぞ変わらずに我が道を行って下さいますように...。(合掌)

この夏、コンサート・スケジュールをキャンセルしなきゃならないくらい具合いよくないとかいうんで心配してましたけど、7月半ばのモントルー・ジャズ・フェスティバルあたりから復帰してらしたんで、ひと安心してます。でも、やっぱり忙しすぎるってのが一番の原因だろうなと思うんで、ああ...、無理してほしくなーい!!!

 

 

★やっと届いた...★

春先にRoxy 関係の本が2冊出るという話をしてましたが、Amazon.conに注文しておいたのになかなか来ない。2冊出揃ってから一緒に送ってくれるのかなと思って待つともなく待ってたら、どうやら出版そのものが遅れてたらくして、"The Thrill Of It All"の方がやっと届きました。4月の予定が9月になったのかな? ともかくすごく遅れてたんですね。あと、もう一冊の"Both Ends Burning"の方はまだ出てないようなんですけど、出たらそのうち来ると思うので、届いたらまたお知らせします。

"The Thrill Of It All"の方はハードカバー380ページという大著で、あー、読むのが辛いかも〜♪ でも読んでやる〜♪ 根性で読んでやる〜♪

さすがにROXYの歴史に迫ろうという試みだけに、それだけの大著になるのは当然かもしれないんですが、特にROXYがビッグ・ネームになってから出版されてる本というのは、やはりどうしてもスターとしてのロックバンド"Roxy Music"を外側から捉えるというものにならざるをえないみたい。ましてや前にも書いてましたけど、マーク・エドワーズ氏の仰るのを信じるとすれば、フェリーさんの作品について詩的側面から切り込んだインタヴューなんて絶無に等しいらしいんで、そうなるとどうしても「外側」からの認識にならざるを得ないのかもしれません。まあ、ふつー、「スター」なんてものは個人的に関わるんでもないんだし、「興味の対象」ってことなんだから、それについて書かれた本もそういう観点から見たものでいいんでしょうけど。でも今回出版された本がどうだかは、これから読むのでまだなんとも言えません。ただ、ちょっと始めの方を流し詠みしてると、作者のアプローチの仕方が面白くてハマりこみつつありますね。歌詞についての理解はあまり望めそうもないけど、それなりにフェリーさんてヒトを鋭く捉えてるというか、うん、そうそう、みたいな? うなづけるとことか多いし、これまで知ってたことの背景とか、ご両親や彼の子供の頃のこととか、面白いお話も拾えそうです。ただ、そういう彼の人となりが作品にどう現れてるか、といったよーな、そこまでは期待出来ないような気がする...。やっぱなー、ふつー、歌詞をどうしても表面的なところで捉えてしまうからなんだろね。なかなかそこから裏の裏まで入ってけないみたい。

うーん、そうだなあ、フェリーさんってけっこう本国では「自分のことは話したがらないヒト」ってよく言われてて、だから余計、King of cool とか、Godfather of coolとか、coolest man in Britain とか形容されちゃうんだろうけど、私に言わせれば、インタヴューなんてまだるっこいことしなくても、あのヒトの場合、作品が全てを語ってるというか、「音楽こそ人生」みたいなコト言ってる筋金入りの芸術家サマのことを、作品を通して以上に見ることなんて出来っこないじゃないか、というか、とにもかくにも望みうる限りフェリーさんてヒトが分かるとすれば、それは作品を通してじゃないかと思うんですけどね。

デヴュー当初、彼がインタヴューを殆ど受けなかったのは、オーディエンスの興味を作品の方に集中させたかったからだという話もあるんですけど、もし本当にそうだったとすると、当時はまだ彼自身の認識が甘かったってことかなと思ったり。私にしても、まさかこれほど詩作品というものが一般に理解しえないものだとは、かなり後になるまで思ってもみてなかったのよね。そのへん考えると、彼自身、当時まだ自分のバケものぶりを十分認識してなかったというか、作品を通せば何もかも分かるとタカをくくってたのかなと。いや、実際見えるもんには見えるんだから、こっちから言えば見えない方のが不思議なんだけど。でも現実には例えば、"The Bride Stripped Bare"を、あのどーでもいー女と結びつけて考えるだなんて、そんなの私に言わせりゃ先生の音楽に対する冒涜以外の何者でもないが、いかんせん本国でさえ一般にそう信じられてたりする...。深いなあ、やっぱりこの溝は...。

ところで、フェリーさんのHPに写真やヴィデオが新しく追加されてます。Web Shopもオープンしたとかで、ROXYとソロのアルバムが全部注文出来るようになってました。お持ちでない方は、ぜひこの機会に手に入れられては如何でしょうか。

 

2004.6.25.

★心配、心配、心配、心配......★

6月、7月と本国でコンサートスケジュールが詰まってたとゆーのに、先生サマは喉をいためられたとかで、既にいくつか続けて予定をキャンセルしてらっしゃるとゆー、その話を聞いて私は心配で、心配で、心配で...。

7月末のジャズ・フェスティバルに参加するという予定が新しく入ってるくらいだから一時的なものなんでしょうけど、確かもう半月か1ヵ月近くそんな感じらしくて、早く良くなってほしいなあ、と毎日お祈りしてます。うー、言いたかないけど来年60だしな...。今でも全然そんなトシに見えないけど、実際そーなんだから、もっと大事にしてもらわなくちゃー。確か今年の始めはオーストラリア、その後中国、そのあと中東に出かけてたって話で、私、もお先生のことは他人と思ってないので(殆ど実の親父か兄貴)、そんなにあちこち飛び回ってて大丈夫なのかー?、と結構気にしてはいたんだ。で、6〜7月にかけて本国でコンサート・ツアーでしょ? その合間にどうせ新作の録音とかやってんだから休むヒマないじゃん。タダでさえ一番労力かかって夜昼なくなるのが、その新作の制作だっつーのが芸術家の常だとゆーのに、単に「芸術家」だけやってりゃいいものを「大スター」兼業するからそんなことになっちゃうんだ。そりゃ忙しいのは仕方ないけど、それにしたって働きすぎ!! 近くにいたら絶対、そう言って叱ってやる〜♪ぶってやる〜♪

まあともかく、一日も早いご回復をお祈りし続けたいと思います。こーゆーとき!! せめて奥サマが側にいて下さった時なら、まだ安心してられたのにぃー。ああもお、あのおっきいコドモは!!

 

 

★最近の話題★

Roxy関係で最近の話題ですが、イーノの初期作品4枚が再リリースされたというお話があります。彼の作品は私、大昔に"Another Green World"を聴いていきなり大拒否反応を示してしまい、それ以来近寄らないよーにしてたんですが、最近やはり一度初期のものからきっちり聴いておかなくてはと思うようになってました。この機会にぜひ手に入れておきたいです。昔はもー、ともかくフェリーさんのことしか考えてなかったんで、他にフィルさんの作品はけっこう好きで何枚か聴いてましたけど、アンディさんも1枚しか聴いてないし、イーノはそんなわけで絶無に近いし、この際、やはり先生の周辺は徹底的にお勉強しておかなくてはと思うようになってるんです。

それと以前からお話してたフィルさんのニュー・アルバム"6PM"も7/5付けでリリースされる予定だとか。今のところ私が知ってる限りでは以下の曲目がリストアップされてます。

・Broken Dreams 5:10 
・Green Spiky Cactus 5:07 
・Love Devotion 5:34 
・Wish You Well 5:35 
・6PM 3:36 
・Waiting For The Sun To Shine 4:28 
・Manzra 5:11 
・Cissbury Ring 4:28 
・Porlock 1:21 
・Shoreline 1:42 
・Always You 3;25 
・Sacred Days 3:58 

参加ミュージシャンは、アンディさん、イーノ、ポール・トンプソン...、列挙するより先生ヌキのROXY MUSICと言った方が早いかもしれませんが...。ともかくリリースされたら即、手に入れたいと思います。先生ヌキでRoxy をやると、こんなふー? ってか? 私としては、そのへんもなかなか楽しみなんですよね。

 

★わるいこ、よいこ★

さて、これまでのところ、先生の曲の中でも特に「よいこ」と「わるいこ」を扱ったテーマの曲をあれこれ解説して来たわけですが、古来からこの「善悪」という概念、これにはいろいろと面白い符号を感じさせるお話があります。

例えば「ルシフェル」という悪魔。これは多くの皆さんがご存知のようにもともとは神様にとても愛されていた天使だったんですが、堕落して悪魔になっちゃったのね。だから「堕天使」とも言われるんですけど、もともとこの「ルシフェル」は「光掲げる者」の意で、それこそまさに天使に相応しい名前なんです。このへん、私としては天から落ちたからこそ「光」なんだろうかと思ったりするわけですが、それは逆に言えば「天」の方が「邪」であるという認識と通底するような気がするからなのね。この神話を作った誰かさんは、天から堕ちてこそ光、そういう認識を持ってたのかもしれないなあ、とか思ったり。

話は飛びますけど、アダムとイヴをたぶらかしたのも確かヘビに化けたこのルシフェルだったんじゃなかったかと記憶してますが、けけけけけ♪ このアダムとイヴの話にしても、この「禁断の果実」というのが「知恵の木の実」であるというのは、わりと知らないヒト多いんじゃないですか? まあ...、男と女がいたら考えがベッドにしかいかないって、言っちゃなんですけど、それはもう本当に「劣種」の認識。いやもう、それも先天的なんだから仕方ないっちゃ仕方ない、責めるにも値しないかもしれないんですけど、「知恵の木の実」だと教えられても、たいていなんのこっちゃ?だろうし....。 でも私としてはこれは人間が余計な知恵を回すようになったことで、原初の楽園に住めなくなったということなんじゃないかなと思ったりするわけです。同じことがプロメティウスの神話にも言えて、「火」というのは「知識、知恵」の隠喩ではないかと。そうすると、そんなものを人間にもたらして、この混沌を現出させたプロメティウスはそれこそ無限回の死にも値して当然かもしれません。

普通、「人間」というものは知識とか知恵を使う時に、どうしても総合的な視野から見た使い方が出来ないものらしいですね。例えば、科学。確かにこれは大変人間にとって大きな力となる「知恵」であり、かつまた世界を照らす「火」ともなり得ますが、反面様々な反作用を持ってもいます。例えば産業革命以降、それまでに類をみないほど世界的に環境が悪化していることは周知の事実ですが、とにかく人間は生産、生産、また生産と、彼らにとっての「発展」が何を代償としているかなんてコトは考えもしないで猪突猛進して来たわけです。ちょっと広い視野をもって考えれば、それがどういう結果を招くかくらい事前に察知することはそれほど難しくないはずなのに、儲けることを最優先に考えてそれをこそ「善」と考え、生産に走りつづけた企業が、結果的にどれほどの公害を社会に齎したか。問題になる数の人死にでも出ない限りヤメようとさえしませんからね。自分の行動がどういう結果を招くか事前に十分に考え抜くということが出来ないというのも一般に「人間」、それも「劣種」の種族的習性であるようですが、こんな先天的にアタマの悪いイキモノに知恵なんかつけたら、この世が混沌に陥っても当然じゃないですか。「神々」というのもまた、私はある種の隠喩であると思ってますが、「知」をコントロールできる知性を持ったイキモノ以外がこういうものを手にすることは、それだけでもものすごく無謀かつ危険なことで、それは文字通り「バカに刃物」状態なんですよね。かなりキツいこと言ってますが、もうこれは単なる現実なんだから仕方ない。"環境破壊"なんてものは、人類の無数の歴史的愚行の中のひとつでしかないわけですしね。

ところで、以前も"Boys and Girls"の話をした時に書いてたんですけど、先生の作品の中にも、この「落ちた天使」的な「善悪をひっくり返す」という意識がひんぱんに出て来ます。"Mamouna"というアルバムは、特にこの「よいこ」と「わるいこ」のせめぎ合いを中心的なテーマのひとつとして据えてるというお話してましたけど、その中の"Wildcat Days"という曲にも"foul is fair, fair is foul, I cry out loud, but no one there"という一節があって、"foul"は"汚れたもの、不潔なもの"、"fair"は"美しいもの、公正な"ですから、要するに汚れているとされているものが本当は美しいもの、美しいとされているものが汚れたもの、そう彼はずーーーーーっと、長いこと叫びつづけてるのに「誰もいない」、つまりちゃんとその意図を受け取ってくれる者がどこにもいない。それで結局"lonely night"なのよね。「淋しい」の。だーかーらー、実際にデヴュー以来、彼は"foul is fair, fair is foul"ってコトを作品を通してずっと叫びつづけて来たんだってば。作品の中でウソや作り事は言わないのよ、あのヒトはって私いつも言ってるでしょー。で、この場合の「汚れ、穢れ」というのは宗教的というか道徳的な穢れのことで、「美しいもの」はそりゃ当然"The Right Stuff"でしょうよ。

だけどフェリーさんにしてもグリーンにしても、それってイヤでもキリスト教圏で生まれ育った人だからかもしれないんですけど、そこまで分かってながら、どーやってもこーやっても自分たちを「悪」とか「穢れ」の立場に置いちゃうみたいなんですよね。先生の場合、それはもうそのものズバリで"I'm nasty"って歌ってたし、グリーンにしても"Blushed with oil, Dusted with powder"って、つまり自分を汚れてるんだって言ってるんだもんね。でもっ!! 私は敢えて言いたい!! その「美しいとされているもの」の方が、ほんっとーおに諸悪の根源である限りは、それこそが徹底的に「悪」だと言い切って自らを「正義」とのたまうくらいの気概がなくってどーする!! そうっ!! 私たちのが「正義」なの、「公正」なの、「正しい」のっ!! 所詮こんなの「言ったもん勝ち」なんだから、自分を「悪」の側に置いてるようでは、「まだまだ甘い」と言わねばなるまい。そうアクマっ子のあやぼーは思うのであった。

もちろんそれも、ちゃんとした論理的根拠があって言ってることなんですけど、説明すると長くなるのでそれはまたいずれってことにしておくしかありません。なにしろ、それを全部きっちり解説しようとすると、それこそHPひとつ立ち上げるしかないというような規模のお話なんで。めんどくさいからヤなんだけど、でもいつかはやらなきゃならないのかもしれないなあ...。

 

 

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