第8回 遊びゴコロのおはなし

 

 

またまたとってもお久しぶりになってしまったヨモですが、以前Ayapooでも書いてた通り、私は「癒し系キャラ」とか「可愛い系キャラ」にメがなくて、従って部屋の中は一見すると小学生の部屋か? と見まごうほどに、そういうのがてんこもりにいたりします。そこで今回はあやぼーんちに棲息しているそういった「癒し系キャラ」たちのお話をすることにしました。まずはひとつどんな感じか、ちょっとあやぼーの部屋の中を垣間見てみましょう。

 

 

と、まあこんな具合になってるわけです。うちのサイトでもトップページで受付役としてガンバってるハボはもちろんのこと、一時期ハヤったのぽぽんとか、今も根強い人気を誇るファービーとか、ほかにもこのテのぬい(ぬいぐるみ)や人形がいつも部屋の中をウロウロしている。私はコドモの頃からリカちゃん人形とかには全然キョーミなくて、ぬい専門だったヒトで、未だに変わらずこーゆーのが好きなんだな。自分でもほんと永遠のコドモだなあと思いますけどね。

一般には、そういうのはコドモっぽいとか言われたりすることもあるようですが、実際、コドモ向けのオモチャとして発売されたはずのファビが、どーゆーわけかオトナにバカうけしてしまった事実とか、たまごっちが社会人の間でも大流行した事実とか、そういう社会現象を見るにつけ、決してトシを取ったからといって、こーゆーものにみんな興味を持たなくなるもんでもないと思うんです。とゆーよりも、こーゆーのがめちゃくちゃ売れたりするのは、結局、購買力のあるオトナがそれなりにノってしまうからで、従って、「いいトシをして」なんぞと非難されるスジアイは誰にも全くないのではないか。

そりゃ、いいオトナがちゃんとした生活力もないとか、クルマ運転してるのに赤信号無視するなんて言語道断なルール違反が平気なんてのは(最近、よくいる)困りますが、オモチャが好きとか、コドモっぽいシュミがあるなんてのは、個人の自由じゃないですか。公序良俗に反するわけでもないんだし、単に微笑ましいシュミだと思うな。特に、仕事がバリバリできたりするヒトが、ちょっとコドモなシュミがあるなんてのは、キャラクター的にかえってカッコいいとすら思っちゃいますけどね、私は。

それって人間的な幅の問題で、クソまじめでガチガチ堅いってのは、結局人間的に幅がないってコトだから返って困ったちゃんなんじゃないか、という気もする。やはりそのへん、堅いところと柔らかいところのバランスが取れてるのが、いい意味のオトナじゃないかと思うんです。だから、世間がどー言おうと、気にするこっちゃないとゆーか、好きなもんは好きで全然よろしいじゃないですか。実際、やることはきちんとやって、ちょこっと冗談で遊べるという余裕が、オトナには必要だと思いますね。(私の場合は、単にネがコドモなだけだが...)

 

 

さて、それに加えて癒し系キャラを身近にはべらせておくというのは精神的にも効用がありまして、ま、日常誰しも気分の悪くなることとか、イヤなことなんてのは、じっとしてても向こうから押し寄せてくるもの。そーゆーとき!! 

きーーーっっっ、とかなって、めちゃくちゃアタマに来てたりする時にハボとかファビがチラと目に入ると、それだけでなんか、クスっと笑っちゃって、自分の余裕のなさがアホらしく感じられたりしてしまう。これは本当にあります。そもそも、このページを見たあなた! きっとうちの連中の写真がちらっと目に入ったとたんに「なんだこりゃ」と笑ったはず!!そこ、そこにこそ「癒し系キャラ」の効用というものがあって、だから多くの「癒し系キャラ」が出回っているのも当然「売れている」から、つまり需要があるからなんでしょう。そういうイミでは、現代人の必需品とも言えるかもしれません。

どこかで「コーヒー1杯の効用」について書いたことがあったような気がするんですが、それはかつて私がめちゃくちゃ忙しい仕事をしていた時、殆ど夜中と言えるような時間に帰途につき、「なんでこんなに働かなきゃならないんだ、ヤメてやる、あんな会社、絶対ヤメてやるぞー」と悲壮な気持ちになってた時に、たまたま入った喫茶店でコーヒー1杯飲んでる間にそういう気分に浸ってたのがアホらしくなったという話ですが、「癒し系キャラ」たちには、これと同じ効用があるものと思われます。余裕の無いときに余裕を取り戻してくれる。ガチガチ堅いばっかりだと、そういう時にヘンに思いつめちゃって、すっごく不幸な気分のまま生きてかなきゃならないんじゃないか。挙句に「疲れた」とか遺書残して自殺したりとか。

そう考えると癒し系キャラに限らず、何かしら自分の好きなものだとか、日常から離脱できるような遊びを感じさせてくれるものを身近に置いておくことは、いわゆるところの「ストレス」からの防御にもなる。トシ取るとやなことってのはほんとーにイヤでも押し寄せて来ますから(最近ではコドモ社会も大変なようですが)、そのへん余裕を持って対処するためにも、精神的なゆとりに通じる「遊びゴコロ」は持ち続けたいものです。あやぼーはよく回りから「明るい」と言われ続けて来ましたが、もし本当にそうだとすると、なんでも遊んでしまうという楽天的な性質に加えて、うちのカワイコちゃんたちのバックアップも大きいのではないかという気もします。

ま、そのへん私の場合は後で付け足した理屈とゆーか、好きなもんを回りに置いといたら、そういう効能もあったというだけの話ですが、やはり思いつめて悲壮になるというのはいけません。ウンザリさせる日常から離脱して、一歩引いたところから自分や周囲を眺めるゆとりを持って毎日生きようではありませんか♪

↑↑これが自作のあやぼー人形だっ!!

2007.3.19.

photo : 2001.9.23.+2001.10.9.+2003.2.15.+2003.12.23.+2004.9.23.

 

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