翌朝、メリルが寝室の広いベッドで目を覚ますと既に九時を回っていた。昨日のディナーで少し飲みすぎたらしく、部屋に戻ると着替えるのもそこそこにベッドに倒れこんで、一も二もなく眠ってしまったようだ。前の晩によく眠れなかったことと、朝からずっと気を張っていたことも手伝って、すっかり疲れが出てしまったのだろう。ディナーの後は遊戯室をかねたサロンに席を移して遅くまで話がはずんでいたし、メリルも弟たちが楽しそうにしているのに自分だけ席を立つのもいけないと思って、ついついお開きになるまでつきあってしまったのだ。しかし、メリルにしても最初思っていたほどこの集まりが気ぶっせいではなくなってきていたのも確かだった。それは主に、祖父のそれとない気遣いのせいでもあったろう。

窓の外は今日も快晴らしく、鳥の囀りもいっそう楽しげに聞こえてくる。昨日の夜が昨日の夜だったので、今朝の朝食はそれぞれ好きな時に起きて好きなように部屋で取ればよいと言われていた。それから午後は少し遅いランチでまた皆が集まることになっている。

メリルは元々ひどい低血圧なので朝が得意ではない。しかも、ちょっと飲みすぎたワインのせいか、いつにもましてアタマがぼーっとしていて、目は覚めているのにいったいなんで自分がこんなところにいるのか、記憶が戻ってくるのにしばらくかかった。それから起き上がって回りを見回し、ああ、そうだっけと思い出して溜め息をついている。

ここは父の家で、自分は昨日初めて祖父や父、それに二人の弟たちと会ったのだ。来る前は長いこと自分や母をほったらかしにしていた無責任な父にいろいろ言いたいこともあったのだが、昨日はあまりに予想外のことがありすぎたし、自分の認識が浅かったなと思うようなことも沢山あって、何をどう判断したら良いのか分からないまま一日を過ごしてしまったのだった。しかし、一晩眠ってもワケが分からない気分なのには変わりがない。父に意見するにしても、とにかくこれはちょっとゆっくり考えてみてからでないと見当はずれなことになってしまいそうだ。そう考えて、メリルはもう一度深い溜め息をついた。

ともあれ、後のことは後で考えるとして、もうそろそろ起きておかないといけないかなと思いながらメリルは居心地のいいベッドの上でのらりくらりしていたが、しばらくして思い切ってベッドから降り、シャワーを浴びてから歯を磨いた。昨日は豪華なディナーでいつもよりはるかに沢山食べていたこともあってあまりお腹はすいていない。元々、朝は苦手であまり食べないのだ。それでもちょっとお茶くらいは飲みたかったので、メリルはベッドサイドの受話器を上げて、昨日教えられていた通りに内線のボタンを押してみた。ベルが鳴り、間もなく受話器の向こうから執事の声が聞こえてきた。

― おはようございます、メリル坊ちゃま。お目覚めですか?

「あ、はい」

どうやら、この電話は内線でかけると、どの部屋からコールされているのかが向こうで分かるようになっているらしい。

― お召し上がりになれるようでしたら、朝食のご用意をさせて頂きますが?

「ええ、お願いしようと思って。でも、朝はいつもあまり食欲がないので、お茶とあと何か少しだけ」

― それでは、先ほどクロワッサンが焼きあがったところですので、それをお持ち致しましょう。野菜も今朝は特に上質のものが入っておりますからそのサラダと、あと卵くらいはお召し上がりになれますか?

「ええ」

― ドレッシングはどのように?

「じゃあ、イタリアンくらいの軽いもので。それと卵は少し生クリームを入れてスクランブルにしてもらえますか? 量は少しでいいですから」

― かしこまりました。しばらくお待ちくださいませ。

言われて受話器を置いたメリルは、またひとつ溜め息をつき、貴族の家ってこういうものなんだろうかと半ば呆れている。昨夜のようなレストラン並み、いやそれ以上の料理が自宅で供せるほどの料理人が家にいて、調度も食器も代々受け継がれてきたのであろう由緒ある風格を備え、部屋や廊下には高価な絵画や彫刻がこともなげに飾られている。しかも以前、母とヨーロッパに旅行した時に泊まった一流のホテルよりもさえ細やかに気を配ってくれる執事やメイドがいて、お茶でも食事でも、ちょっと受話器を上げて頼むだけで即座に用意される。生まれた時からこんな環境で育っていれば、父があれくらいワガママになったのも仕方ないのかなという気すらするくらいだ。

もっとも、モルガーナ家のこの暖かさあふれるホスピタリティや一糸の乱れもなく整えられた家の中の秩序は、まさしくアーネストの美意識から齎されているものだと言っていい。そして、彼が自身も才能豊かな才人でありながら執事という職に甘んじているのは、何よりもその主の芸術家としての資質に惚れ込んでいるからに他ならないのだが、もちろんメリルはまだそんなこととは思ってもみていなかった。

メリルがとりとめなく考えを巡らしながらちょうど着替え終わった頃、次の間の向こうでノックの音が響いた。彼が立って行って扉を開くと執事がにっこりして、おはようございます、と言った。メリルも思わず、おはようございますと答えている。それへまたにこやかに笑って、アーネストは小さなワゴンを押して部屋に入って来た。

「どちらでお召し上がりになりますか?」

「あ、じゃあ、その居間のテーブルで」

「かしこまりました」

これまたメリルはまるっきり気づいてすらいないのだが、アーネストがいつにも増してにこやかなのは、この家の跡継ぎとなるべき子供たちがやっと現れたからに他ならない。先代の頃からモルガーナ家は主と、その家に仕えている者との繋がりが他にくらべてはるかに家族的で、それゆえ特にアーネストのように長くこの家にいる者はみな、子供たちのことを我がことのように喜んでいるのだ。なにしろ、ロベールからも再三再四どころか、最近では顔を見るたびに詰め寄られながら、これまで結婚の気配さえ見せなかったディである。だから、主への忠誠心の強い家の者は誰も表立っては何も言わなかったが、内心ではどうなるんだろうなあと折に触れて思っていたのであるらしい。そこへ一気に男の子三人ときては、ロベールのみならず、いつも執事らしく生真面目な態度を貫いているアーネストですら、顔がほろこんで来ても仕方がないというものだった。朝食の支度でさえ、メイド任せにせず自分で運んで来るあたり、彼も子供たちにかまいたくて仕方ないというのが本音だろう。

テーブルに並べられた朝食はメリルの注文通りのもので、クロワッサンは冷めないようにリネンにくるまれ、ドレッシングもその場でかけられるよう別に添えられていた。それに絞りたてらしいグレープフルーツのジュースまでゴブレットにたっぷり満たされている。

「お茶はアッサムがお好きと伺っておりましたので、それをご用意させて頂きましたが、宜しかったでしょうか?」

「ええ、有難う」

「足りませんようでしたら、いつでもお申し付けくださいませ」

「はい...」

それからアーネストはポットからカップにお茶を注ぎ、メリルの前に供しながら言っている。

「今日も大変よく晴れておりますし、お召し上がりになりましたら少し庭に出てみられると宜しいかと思いますよ」

「ああ、そうですね。後で、ちょっと歩いてみようかな」

「そうなさいませ」

言うとアーネストは一礼し、ワゴンを押して下がって行った。それを見送って、メリルはカップを取り上げると、豊かなお茶の香りを楽しんでいる。

食欲はあまりないんだけど、と思いながらふと見ると、サラダには野菜だけではなく魚介類が添えられている。肉よりもどちらかと言うとあっさりした白身魚や貝が好きなメリルはこれは美味しそうだなと思ってドレッシングをかけ、口に運んでみた。思いのほか野菜の味が濃く、貝の甘みもメリル好みのものだ。それで少し食欲が沸いてきたようで、今度はスクランブルにした卵の方にとりかかっている。こちらはふわっと柔らかく仕上げられていて、塩加減も絶妙、クロワッサンもバターをたっぷり使ったもので、焼きたての良い香りが食べる気にさせてくれた。グレープ・フルーツのジュースもとても美味しい。おかげで思っていたより食がすすみ、一見した時はこんなに食べられるかなと思ったのとは反対に、あっと言う間にすっかりたいらげてしまうほどだった。

食後のお茶を楽しみながらふと外を見ると、アーネストが言っていた通り気持ちの良い陽射しが降り注いでいて散歩にはとても良さそうだ。それでメリルはちょっと庭に出てみることにしてカップを置き、居間のフランス窓を開けてみた。爽やかな春の風が心地よく吹きすぎてゆく。

テラスから向こうに広がる庭園に出てゆくとよく手入れされた豊かな緑と、そろそろ季節の暖かさを感じて咲き初めている花々がメリルを優しげに迎えてくれた。空は青く、あちこちで鳥が楽しげに囀るのも聞こえて来る。美味しい朝食で気分も良くなっているし、昨日の朝よりは格段マシだなと思いながら微笑んで、彼は花々と造園の妙を楽しみながらゆっくりと歩いて行った。ちょっと道に迷ってしまいそうなほど、広い庭園らしい。実際にはここは屋敷の中庭で、周囲には更に広い森のような庭が広がっているのだが、初めて訪れたばかりのメリルがその全貌を把握するにはここの敷地は広すぎた。

「メリル兄さん?」

しばらく歩いているとふいに声をかけられたので振り返ってみると、そこには自分と同じに散歩に出ていたらしいファーンがにっこり笑って立っている。

「やあ、おはよう。きみも散歩?」

「ええ、おはようございます。とても良いお天気なので」

「そう」

「そうだ。ぼく今、メリル兄さんって言ってしまいましたね。構いませんでしたか?」

デュアンと同じことを聞くんだなと思いながら笑って、メリルは構わないよと答えた。

「良かった」

「昨日、デュアンにも同じことを聞かれたよ」

「ああ、それはぼくもです。可愛いですよね、あの子」

「うん...」

二人はなんとなくそのまま並んで歩き出した。ファーンが言っている。

「兄さんや弟に会えると聞いて、今度のことはぼくも楽しみにしていたんですよ」

やっぱりこの子もそうなのかと思いながら、メリルは答えた。

「ふうん、デュアンもそう言ってたけど、じゃあきみもそうなんだ」

「兄さんは、そうじゃなかったみたいですね」

ファーンは笑ってそう言ったのだが、メリルの方はちょっとどきっとした。

「そう見えた?」

「ええ、ちょっと不機嫌そうかなって」

これはかなり控えめな表現だった。アトリエに登場して以来のメリルの態度を見ていれば、それは誰にも一目瞭然に分かることだったからだ。

「不機嫌っていうか...」

それでメリルはふと、ファーンにもデュアンと同じことを聞いてみたい気持ちになった。昨日一日見ていて、父に心酔しまくっているらしいデュアンとはまた違った答えが聞けそうだと思ったからだ。

「じゃ、きみはさ、どう思ってるの? お父さんのこと」

「え? お父さんのことですか? どうして?」

「いや、ちょっと聞いてみたい気になって...」

言われてファーンは頷き、少し考えてから答えた。

「興味深い人物ですよ、ぼくにとっては」

「興味深い?」

「ええ。芸術家としてはあれだけの天分を持っている人ですし、それは当然だと思うんですけど、それ以上に人間としてというか」

う〜ん、この子はなかなか手強そうだぞとメリルは思っている。直感人間のメリルに比べて、かなりリクツっぽそうだと感じたからだ。そういえば、この子は経済や政治方面に進みたいとか言ってたっけと思い出して、なるほどねという気がしている。弁論大会で難なく優勝しそうだ。事実、ファーンは学校でもなかなかの弁舌家で知られているし、この年の子とは思えないくらい言うことがいつも公正で的を射ているので、教授や上級生も一目置いているほどだった。もちろんメリルはそんなことは全く知らないが、デュアンが明らかにストレート直球なタイプらしいのに対して、ファーンの方はちょっと一筋縄ではゆかなそうに思える。

「人間としてって、例えばどういう? 画家としてはともかく、基本的にぼくにはいい加減でちゃらんぽらんな人にしか思えないんだけど」

この遠慮ない酷評にファーンは思わず笑っている。

「案外にキビシイんですね、メリル兄さんて」

「だって、誰だってそう思うと思うよ、少なくともぼくは。第一、きみやぼくも含めて息子が三人もいるのに、その全部を母親任せにしていたわけでしょう? 今まで」

「まあ、確かに...」

ファーンはにっこりして答えた。

「兄さんの言うのも分かる気はしますよ。でも、ある意味、そのへんがぼくには興味深くて」

「自分の子供を十年以上も放っておくことが?」

「っていうか、普通、そんなの世間が許さないでしょう? 誰より、ぼくの母や兄さんのお母さんがですよ。どう考えたって、一般に結婚をせまられるシチュエーションだろうし」

「だから、それが不思議なんだよ。ぼくはそれで当たり前だと思うのに、ぼくの母にしても、結婚なんてことは最初から全然考えてなかったみたいで」

「うちの母もそうですよ。まあ、彼女の場合、お父さんとつきあっていた頃にはもう未亡人だったし、彼よりいくつか年上でしたしね。それもあるんでしょうけど」

「そうなの?」

「ええ。でも、だから、言ってはなんですけど、うちの母ってあれでけっこう才女なんです。十六歳で結婚して、数年で死に別れてから、ずっと大して浮いたウワサもなかったって聞いてますし、基本的に身持ちも堅い人なんですよね。その母が、私生児になると分かっていてぼくを生みたがったということが...。単にちゃらんぽらんでつまらない男だったら、彼女、まず相手になんかしませんから」

確かに言われてみると母さんもそうだなとメリルは思っている。

「それに実は、昨日お話したかもしれませんけど、うちの大じいさまが...。あ、こんな話、つまらないかもしれませんね」

「ううん、そんなことはないよ。聞かせて?」

「そうですか? あ、じゃ、そこにでもかけませんか?」

言ってファーンが手近なベンチを指差したので、メリルも頷いてそちらに歩いてゆくと二人は腰を降ろした。

「で、うちの大じいさま、若い頃はお父さんに輪をかけたようなプレイボーイだったって話なんです」

「へえ」

「で、よく大ばあさまを泣かせたとか、祖父から聞いていて。大じいさまってとても優しくておおらかな方でぼくも大好きなんですけどね。だから余計、大ばあさまを泣かせてまで遊びまわっていたというのがすごく不思議で、どうして? って以前聞いたことがあったんです」

メリルは頷いている。

「それで大じいさまが言うには、大ばあさまは一番大切だったんだけれど、キレイな花が沢山あるように、女性にもいろいろ別の魅力を持っている人がいて、それを結婚しているからと言って無視して通り過ぎるのはなかなかに難しいものだったんだよって。大じいさまとお父さんでは少し違うのかもしれないですけど、どちらにしてもまあ、基本的に悪気はないんですよね、ああいう男性は。ましてやお父さんは結婚もしていないんだし、だからそれで泣く人もいないわけで、ぼくの母にしても子供が欲しいとねだったのは自分の方だって言ってましたから」

「ああ、それはぼくの母もそう」

「じゃあたぶん、デュアンのお母さんもそうなんじゃないかな。今度あの子に聞いてみよう。ともかく、それもあってぼくは以前からお父さんも大じいさまみたいな人なのかなって親しみを持ってたというか...。ただ、実際に会ってみると、大じいさまよりも数段、複雑な人のようだけど」

「複雑?」

「ええ。兄さんはそうは思いませんでしたか?」

メリルはしばらく首を傾げていたが、そうなのかもしれないなと思う反面、そうなんだろうかという気もしないではない。

「...そうなのかなあ。なんだか自信がなくなってきた」

「これはぼくの個人的な印象なので、必ずしも当たっているとは言えないかもしれませんけど」

メリルが頷いて考え深げに黙り込んでしまって、しばし沈黙という様子になったのだが、しばらくしてファーンが尋ねた。

「じゃあ、兄さんはお父さんのこと、どんなふうに思っていたんですか?」

「え、そうだなあ...」

何と言ったものかと考えながらメリルは答えた。

「だから、さっきも言ったけど、いい加減で無責任な人だなって。今思うと、それってかなり一方的だったかもしれないけど。そりゃあ、画家としては凄い人だってことはぼくも元々認めてるよ。認めないわけにはゆかないじゃない、本当に才能のある人なんだから」

「ええ」

「でも、それだけで何もかも許されるというわけじゃないでしょう?」

「それはまあ、確かにそうでしょうね。それもコトによりけりだとは思いますけど」

「で、ぼくは今、正直に言えばかなり混乱してるみたい。ぼくは間違ってないと思うんだけど、昨日、デュアンにそんな話をしかけたら、一も二もなく怒られちゃったし」

ファーンはそれに笑っている。

「ああ、あの子はね。本当にお父さんのことが好きみたいだから。父としてと言うより、画家としてなのかもしれないけど、言ってましたよ、自分のお父さんだと知る前から大ファンだったって」

「うん、それはぼくも聞いた」

「まあ、感じ方は人それぞれですから、親子と言っても何もかも理解しあえるってわけでもないでしょうし、兄さんは兄さんの感じたままでいいんじゃないですか?」

ファーンがあっさり言うのでメリルは笑っている。

「きみって、けっこう楽天家?」

「え、そうなのかな。かもしれませんけど」

「いいなあ。あ、これ嫌味じゃなくてね。ぼくは自分ではそんなつもりはないんだけど、母や周りのみんなから生真面目すぎるとかよく言われちゃって」

「ああ...」

「もしかして、きみもそう思ってる?」

「え? ...いえ、ぼくは兄さんも興味深い人だなって思いましたよ」

「ぼくが?」

「ええ。なんかお父さんと似てるような似てないような」

「似てる? どこが?」

メリルには超・意外な発言だったらしく、面食らって尋ねている。

「さあ、それはぼくにもまだはっきりとは。でも、芸術的な才能っていう意味では兄さんが一番お父さんの血を継いでるってことじゃないかと」

「そんなの分からないよ。ぼくは絵を描いてれば幸せってだけで、それが才能に結びつくのかどうかなんてまるっきり」

ファーンは内心、絵を描いてれば幸せという兄さんの、それそのものがお父さんの血じゃないのかなという気がしたが、それについては口に出さなかった。この兄には父のことをヘンに意識させない方が良いような気がしたからだ。

「あ、おじいさまだ」

ふいに屋敷の方からこちらに歩いて来る人影に気づいて、ファーンが言った。言われてメリルもそちらを向くと、彼らの祖父がにこにこしながら手を上げて見せて近づいて来た。それへ二人もベンチを立って、出迎えるようにロベールの方へ歩いて行く。

「なんだ、二人仲良く散歩かい?」

「庭に出たら偶然兄さんと行き合わせたものですから。ちょっとお話していたんですよ」

「そうか。どうだ、二人とも。よく眠れたかな?」

それへメリルはええ、とても、と答え、その横でファーンは部屋に戻るなり熟睡でしたよ、と言った。

「けっこう飲ませてしまったからな。しかし、二人ともなかなか飲めるんじゃないか。これは先に楽しみができた」

「でも、ぼくたちのうちで一番飲んでたのはデュアンじゃありませんでしたっけ?」

ファーンが言うのへロベールも笑って答えた。

「ああ、そうだった。ちょっと驚いたよ。私も大丈夫かなと思わないではなかったんだが、さっき会ったらケロっとしていてな。全く、天晴れなものだ。やはりいいものだよ、男の子は」

言ってロベールは続けた。

「ああ、そうだ。昨日きみたちが来る前にデュアンとは話していたんだが、みんな今度は私のところにもぜひ遊びに来て欲しいね」

それへ二人ともにっこりして頷いている。

「きみたちと会ってね、全く長生きはするものだとつくづく思ったよ。しかし、こんなに素晴らしい孫を3人も授かって、この上欲張りな望みかもしれんが、もっと長生きしてせめてきみたちが成人するところくらいは見たいものだな」

「それくらい全然大丈夫ですよ。うちの大じいさまに比べれば、おじいさまなんてまだまだお若いんですから」

ファーンの言うのへロベールは満面笑みになって答えた。

「なるほどな、上には上がいるか。これは私も翁を見習って曾孫を見なければならんらしい」

ロベールが楽しそうに言うのを横で聞きながら、メリルはこのおじいさまのことはとても好きだなと優しい気持ちで考えていた。会う前よりもはるかに親しみを持てるようになっているし、それは祖父ばかりではなく弟たちに対してもそうのような気がする。ただ、メリルにとって問題なのは肝心の父のことなのだ。自分の方が身構えてしまっているからなのかもしれないが、彼のことを考え始めると混乱してしまうのである。しかし、何はともあれ、こんなふうに感じるようになれたのなら、やはり母の言う通り来てみて良かったのかもしれないなとメリルは思っていた。

original text : 2008.8.29.

  

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