リデルのところにアリシアのからかうような返信メールが届いてから、一週間も経ったろうか。バークレイ家の屋敷に鮮やかなイエローのランボルギーニ・ディアブロが凄まじい爆音とともに乗りつけた。エントランスの前に停止するとエンジンが沈黙し、ランボルギーニ伝統の前ヒンジでスライドアップするシザー・ドアがしなやかに片翼を上げる。降りて来たのはアリシアだった。アシュバはテスタロッサのレプリカという外観を持ってはいるが、その中身は最新のシステムを搭載している。しかし、こちらは正真正銘、本モノの古式ゆかしい5.7L12V・DOHCだ。

アリシアはマーティアと一緒に行動する時はアシュバに乗せてもらうことが多いが、最先端テクノロジーの開発に自ら携わって来た本人であるにも拘わらず、なぜか旧式のガソリン車をこよなく愛していて、既に30台以上コレクションしている。その中でも、一番のお気に入りがこのディアブロなのだ。春にウィルたちが乗せてもらっていたモンスター・ボートにもビーストという名前がついているものの、元来、その名前は先にこのディアブロにこそ付けられていたもので、だから、アリシアも、それを知っている周囲の人間も、コイツのことはディアブロとは言わずに、今でもビーストと呼んでいる。なぜならば、それはアリシアがこの車を手に入れるずっと以前、その最初の所有者が付けたものだからだ。そして、同型のディアブロの中でもビーストだけは、気の利いたコレクターなら必ず知っている非常に特殊な来歴を持っているからでもある。

ともあれ、今どきでは、エンジン音はやかましいわ、排気ガスは撒き散らすわ、ましてやディアブロのガソリン消費量ときては反社会的ですらあるのだが、古いものを大切にする気質が強いクランドルでは、今でもこういった歴史的、美術的価値を有する旧車が決して少なくない数生き残っていて、日常的に走ってもいる。しかも、その絢爛たる美を競う優雅なレースやコンクールなどが年間を通じてあちこちで開かれ、その人気も高い。

アリシアは助手席から夏の花々をまとめた涼しげな色合いの花束を二つと、大きなギフトボックスを取り出すと、それらを抱えてポーチの階段を軽く駆け上がって行った。すると、タイミングよく扉が開いて家政婦のマジェスタが姿を現し、アリシアを見てニコニコしながら言っている。

「おかえり、アリシア。車の音ですぐ分かったわ」

「ハイ、マジェスタ。ただいま、元気だった?」

「もちろんですよ」

「これ、ひとつはマジェスタに、ひとつはテディに」

「あら、有難う」

マジェスタは、花束を受け取りながら嬉しそうに言った。彼女はマーティアがマリオに引取られる以前からこの家にいるから、マーティアにとってもアリシアにとっても、家政婦とか使用人というレベルの存在ではなく、母親代わりと言ってもいい人だ。そして、世界中に豪奢な邸宅をいくつも所有する今になっても、二人にとってここは"ただいま"と言って帰ってくる場所なのである。中に入ってゆきながら、アリシアが尋ねている。

「お父さんは?」

「今日は、奥さまとご一緒にお出かけですよ」

「そう。じゃ、お姫さまは?」

「リデル? お部屋だと思うわ」

アリシアが頷いてリデルの部屋がある方へ歩いて行こうとするのへ、後ろからマジェスタが声をかけた。

「すぐ、お茶を持って行くわね」

「うん、お願い!」

リデルの部屋の前まで行ってノックをすると彼女の声では〜い、という返事があったので、アリシアはそれ以上待たずに、扉を開けて顔を覗かせた。

「入っていい?」

「アリシア!」

言うと、リデルは座っていたソファから飛び上がり、嬉しそうに駆けてきた。メールでからかわれた一件などは、めったに会えない大好きな兄の顔を見たとたん、ふっとんでしまったらしい。

「きゃ〜、入って、入って。いつこっちに帰ってきたの?」

アリシアは妹の招きに応じて中に入ると、手に持っていた箱を床に置いて扉を閉めながら、昨日、ギリシアからねと言った。

「モニターユーザーからのクレームをたまわりましたので、商品のメンテナンスに伺わせて頂きました」

バカ丁寧に冗談を言って一揖したのはいいが、その後がいけない。

「大天才さま自ら、わざわざ来てやったんだから有り難く思え」

「IGDじゃ、顧客相手にそういう言い方するわけ?」

「無償配布品をお使いの場合には、恐れ入りますが、これが標準でございます」

言っているところへ、奥から出て来たトロリーがアリシアを見つけたようだ。

『わ〜い、パパだあ』

嬉しそうに走って来て飛びつこうとしたトロリーのアタマを、しかし、ばしっとはたいてからアリシアが言った。

「誰がパパなんだ、誰が」

『ひど〜い、パパがぶったぶったぶった』

「パパじゃないって言ってるだろ!」

『じゃ、ママか?』

アリシアは今度はモノも言わずに手を上げたが、トロリーはその反応を予測していたらしく、ぶたれる前に身軽く飛びのいて言っている。

『だって、アリシアはボクの生みの親じゃないか。だったら、パパかママだもん。ホントのこと言っただけなのにぶつなんて、ドーブツギャクタイだあ。抗議! 抗議!』

「何が"動物虐待"だよ。おまえは動物ですらないんだから、対象外!」

『ぶー』

言って、今度はこにくったらしくあっかんべのマネをするなり逃げたので、今度こそ、アリシアは怒ってトロリーを追いかけようとした。しかし、さすがにウサギだけあって逃げ足が速い。

「くっそ〜、あんなにジャンプ力つけるんじゃなかった」

それ以上追いかけてもトロリーを楽しませるだけなので、アリシアはすぐにバカバカしくなって追いかけるのをヤメた。その側へ、くすくす笑いながらリデルが近づいてきて言っている。

「ね、アリシア」

「ん?」

「トロリー、パパとママの意味よく分かってないみたいよ? さすがの天才も、プログラムをミスったな?」

「バカ言わないの。ぼくにミスなんか、あるわけないだろ? これは、故意」

相変わらず、口先だけは平気で大言壮語のアリシアだが、本来、彼が探究心の強い研究者、学者でこそあれ、口で言うほど自惚れが強いわけではないことくらいリデルはとっくに知っている。それでまた笑いながら、冗談を言った。

「それは、失礼いたしました。でもさ、世紀の大天才、今日はなんか珍しくカッコがぢみじゃない?」

リデルの言うとおり、ふだん、特にメディアを通して見かけるアリシアは、たいていその金色の髪と繊細な美貌をイヤが上にも引き立てるスタイリッシュなコーデを見事に着こなしていた。それもたいてい、その類まれな美しさに心酔している当代随一のデザイナーたちが、アリシアのためにデザインしたような、素材もスタイリングも最上のものばかりだ。その上、冬ともなればミンクだのセーブルだの、ゴージャスな毛皮を無造作にひっかけていたりして、どこからどう見ても彼をよく知らない者たちが信じている通り、現代のアルフレッド・ダグラスを地でゆくワガママ美青年にすら見えている。実際、ディをいいように引き回せるのがアリシアだけなのは事実だから、それも由ない評価ではないし、少なくとも、どこからどう見ても本来は地味な存在であるはずの学者に見えないことは確かだった。

一方、今日のアリシアは彼には珍しく、フィッシュボーンが描かれただけのシンプルなTシャツに、ジーンズと履き古したようなスニーカーという何の変哲もない恰好をしている。それでも長身でスタイルのいい彼が着るとカッコいいのには違いないが、いつもとは比べものにも何もならない。もちろん、オシャレするのは嫌いではないし、今日はただいても人目を引く派手なビーストをガレージから引き出す都合上、あまりに決まり過ぎないように逆バランスを図ったということもあるが、今日こんなスタイルになったのは、ここしばらくディと一緒に今年もフィディウスのところに遊びに行っていて、招待者である主の好みに応えて"ワガママ王子サマ"役を悪ノリで楽しんでいたことも原因の一端だった。その結果、今のところそういうのにきっちり飽きたということである。なんだかんだ言っても容姿や恰好にばかり拘って生きるには、アリシアもマーティア同様、知的レベルが高過ぎるのだ。

背の高いアリシアが立っているとリデルは見上げて話さなければならないので、その背丈に合わせるように床に腰を降ろすと彼は妹を見て言った。

「うち帰って来る時くらい、気を抜かせてよ。いつもは立場上、世間の期待を裏切るわけにいかないんだから」

「ま、いいけど。それに、アリシアのそんなとこ見れるの、プライヴェートだけだもんね」

「そういうこと! で、その無償配布品の件なんだけどさ」

「そうそう、それよそれ。トロリーのおかげで私の夏休みは無くなるわ、お勉強ははかどらないわ、散々なのに、よくもあんなメールでからかってくれたわね。とにかく、来た以上は、なんとかしてくれるんでしょうね」

言いながら、リデルもアリシアの側で床に座り込んでいる。

「そうねえ、どうしたもんかな」

言って、アリシアは部屋の中で遠目にこちらを見ながらウロウロしているトロリーに声をかけた。

「トロや、ちょっとこっちおいで、こっち」

『やだ。ぶつ』

「軽くハタいただけだろ? そのくらいで、どうかなるような造りしちゃいないから大丈夫だよ」

「ね。ちょっと聞くけど、トロリーって、どのくらい頑丈なの?」

「ん? そうだね、耐衝撃性は高いよ。例えば、蹴っ飛ばすくらいではこわれない。普通のクルマならハネ飛ばされても大破とまではいかないだろうな。ただ、継続的な荷重となると条件が違ってくるんで、ダンプに轢かれるとか、ゾウに思いっきり踏みつけられるとかしたら、ボディ的にはかなりヤバいと思う。もちろん、オートでリアルタイムセーブはかけてるし、データはラボでもセーブしてるから再生はきくけど」

『ゾウなんかに踏まれたら死ぬじゃないかあ。怖いこと言わないでくれよ。それでも親か?!』

「心配するな。おまえは絶対、死なないから。壊れるだけ」

『ボクにとっては、壊れるだけでも死ぬのとおんなじだい!』

拗ねているトロリーに笑いながら、リデルが言った。

「トロリーって、アリシアがプログラム組んだんでしょ? あんなにデキのいいマロリーがいるのに、なんで、わざわざあんなの作ったのよ。モロに3月系ウサギじゃないの」

アリシアはちょっと考え、それから真面目な顔で答えている。

「アーチストの創造的衝動に理由なんかない」

「ほ〜、アーチストですか」

「そ。アーチスト」

頷いて言ってから、アリシアは笑って続けた。

「ま、ホントのとこ、きみも知ってる通り、マロリーはああだろ? アレとずっと一緒に暮らすのは、ふつー、人間にとってある意味、辛いもんがあると思わない? マロリー相手じゃ、リデルなんて1時間に1回は説教食らいかねないよ」

「う〜ん...。ちょっと腹立つけど、それはあるかも」

「人間で言えば、"カタブツ"ってやつでさ。何と言っても、あいつをプログラムしたのはルーク博士だからね。ぼくも当然手伝ったけど、元々のコンセプトはマーティが作ったんだよ。分かるだろ? あのかた、未だに根のとこでムダに生真面目なんだよね。東洋のことわざに"三つ子の魂、百まで"ってのがあって、でも、マーティの場合、三才どころか、十才超えるまでお父さんに囲い込まれて育ってるから、どうグレようが、ワルぶろうが、根のところで人格固まっちゃってて変われないわけ」

「ちょっと待ってよ。じゃ、ウサギなのもマーティアの趣味?」

「あれ? 知らなかった? マーティによると、ウサギは非常に哲学的なイキモノだとかで、だから好きなんだってさ。賢人会のシンボルもウサギだろ?」

「あ〜っ、ホントだ!!」

「ウサギってのは、見た目、まるでケンカするようには見えないけど、実は草食獣の中でも、かなり気が強い方なんだよ。マーティは、そのへんの見た目と本性のギャップが逆説的で好きなんだって言ってた」

「わっかんないな〜っ。天才の考えることって、ホント分かんない!」

「マーティは特に、と言うべきだね。マーティにできることで、ぼくが唯一、しないことがあるとすれば、それは哲学的に物事を考えることくらいだけど、ただでさえ哲学者って、ふつう、人類の中でも最も分かりにくい人種だろ?」

「それはそうだけど、アリシアって哲学博士号も持ってなかった?」

「持ってるよ、行きがかり上な。賢人会のメンバーだし。ただ、マーティがぼくにはそういうこと、考えるなって言うから」

「なんでよ」

「だって、ぼくが考えると、地球のより良い環境のためには人類を滅亡させるのが一番手っ取り早いってことになるんだもの。マーティは、それって危険思想だって言うんだけど。だから、考えなくていいって」

「そりゃ、言うわよ。アリシアって、そんな危ないヤツだったの?」

「今頃気づくなんて、迂闊だねえ。だって、ぼく、人間なんか大っキライだもん」

「だったらどうしてIGDの顧問なんかやってるのよ」

「やってないと、あまりにヒマで犯罪に走りそうだから。それと、マーティと一緒にいたいしね」

「え、そんな理由でやってたの?!」

「当たり前だろ? それ以外に何があるよ? そもそもの始めはマーティがアレクの仕事に協力するんで家空けることが多くなって、それでぼくは、おいてけぼり食らう格好になったわけ。マーティはもちろん、そんなつもりなかったんだけどさ。それって、IGDが成立するずっと前のことで、ぼくはまだ子供だった頃の話だよ。で、ぼくはマーティの側にいたい一心で、お手伝いすることにしたんだ」

「ふうん、そんな経緯があったんだ」

「そう。ところが、どんどんどんどん事業の規模が大きくなって、結局、マーティ一人では面倒みきれなくなって、おかげでぼくはIGDの設立騒ぎだの、なんだかんだで完全に巻き込まれることになっちゃったのさ。一旦そうなったら、もう足抜けできなくなってこの始末」

「マーティア、言ってるもんね。今、万一にもアリシアに何かあったら、IGD崩壊するって」

「それはマーティにも言えることだよ。ぼく一人では、今の規模になったIGDを取りまとめるなんてこと、まず無理。マーティであれ、ぼくであれ、能力的にじゃなくて時間的にね。だから、ぼくら三人のうち、誰が欠けてもIGDは成立しないのさ」

「アレクがいなければ、そもそもマーティアが動かないし?」

「そういうこと。それに、アレクの求心力っていうのは太陽並みだからね。彼がいなければIGDは太陽のない太陽系みたいなもので、最初から存在すらしないだろ。ぼくだって、アレクじゃなきゃバカバカしくてって感じだもの」

「でもさ、アリシア。じゃあ、円卓会はしかたないとして、なんで賢人会にまで籍置いてるの? ただでさえ、忙しいのに」

「ああ、それはね、ぼくの危険思想が賢人会の重石になってるからだよ」

「重石って?」

「なにしろ、賢人会の他のメンバーはやたらめったらボランティア精神旺盛で、理性値の異常に高い人間ばかりなわけ。だからこそ、社会的には尊敬されてるんだけど、ぼくに言わせればアレだって立派に人外だよ。マーティはディのおかげでかなり矯正されてるとは言え、根がお人ヨシでキマジメだしね。彼らだけに任せておいたら、どういうことになるか考えるのも怖い。マーティにもそれが分かってるから、ムダに理想論へ暴走するのを防ぐために、わざわざぼくを在籍させてるんだ。他の連中のアタマに、たまには水ぶっかける必要があるからさ。哲学博士として言わせてもらえば、だいたい、古来からヘタな思想家ってのは理性値ばっかり高過ぎて、大半の人間が自分たちより遥かに獣性が高いってことをまるっきり計算に入れずに演算してるから、現実世界で機能しないような思想体系しか構築できてないんだよ。たまにそのへんクリアしてるヤツが出て来ても後継者がバカだったりして、いいように曲解された挙句、180度まっさかさまのリクツになってたりするしね。で、またそれが、世の争いを引き起こす禍根にすらなってる」

リデルには非常に興味深い話題だったので、考えこむ様子になって言っている。

「う〜ん、哲学か。それって、まだまだ専攻外なのよね」

「あ、だからって、勉強するのはヤメようね。きみは女の子なんだから、それ以上、人外側に逸脱するとますますヨメのもらい手、無くなるよ」

「うるさいわね!! いいわよ、いいわよ。私がどんなに賢くなっても、もらってくれる人、みつけるもん!」

「例えば、ファーンとか?」

意地の悪い微笑を浮かべてアリシアが突拍子もなく言うのを聞いて、リデルはふいをつかれた恰好でかなり驚いたようだ。

「なんで知ってるのよ? あ〜っっっっ、マーティアのやつ、喋ったな〜っ」

「こらこら。楚々たるレディの言葉使いじゃないぞ、それ。ファーンに嫌われてもいいの?」

「お黙り、アリシア! それ、言いふらしたら許さないからねっ」

「ほ〜、弱み握られてるわりに強気じゃん。第一、きみ、マーティに口止めしなかったんじゃない?」

「それはそうだけど、女の子の秘密なのよ! 言わなくても黙っててくれるのが紳士ってものじゃないの!」

「い〜よ〜。ぼくは紳士じゃないからな、ど〜すっかな〜」

「や〜ん、アリシア。だめだめだめ、言っちゃだめ〜、絶対、だめ!」

言いながら、リデルはアリシアにジャレついている。顔を合わせるなり仲良く兄妹げんかもたけなわとなったところで、いきなり部屋の向こうから盛大な泣き声が聞こえてきた。トロリーが泣きだしたのだ。二人もさすがにびっくりして、そちらを向いた。

『わぁぁぁぁ〜ん。わぁぁぁぁ〜ん。なんだい、なんだい、二人だけで仲良くして。ボクだけ、おいてけぼりだあ〜』

それを見て、リデルが言っている。

「あら、またスネてるわよ?」

「だから、トロも参加すればいいだろ? こっち来な」

『ぶつもん』

「あんなの、冗談じゃない。ぶたないから来いってば。ぼくは可愛いトロに、お土産まで持ってきてるんだから」

『ホントか?』

半信半疑で警戒しているらしいトロリーにアリシアは頷いて立ちあがり、ドアのところに置いてあった大きな箱を持ってくると足元に置いて言った。

「トロの好きなものが入ってるよ」

『なになに?』

「追加のお着替えセット。お待ちかねの秋冬ものね」

『わ〜お!!』

聞くなりトロリーは、それまで泣いていたのもすっかり忘れてすっ飛んで来た。よほど、オシャレが好きと見える。

『開けて! 開けて!』

ハコの回りを飛び回ってはしゃぐので、アリシアはリデルに開けてやって、と言った。リデルは頷くと、リボンをほどいて箱を開けた。中は色とりどりなトロリーサイズの服でいっぱいだ。それを見てトロリーは大喜びだが、リデルはすっかり呆れて言っている。

「どこから持って来るのよ、こんなもの」

「IGDのネットワークを甘く見ないでくれる? あるブランチじゃ、有名デザイナーズブランドの、正真正銘、ぬいぐるみ用お着替えセットだって売ってるんだから。そのルートで作らせた。マロリーとお揃いでね」

「有名デザイナーズブランド〜、って、なによ、それ〜! なんで、ぬいぐるみがデザイナーズブランドなのよっ」

「あれ? リデルともあろうものが知らなかったとはね。売れてるんだよ? 上流階級のお子さまの間で人気なんだってさ」

「信じられな〜い! 第三世界の貧困が、いまだ根本的解決を見ていないこの世界で?! こともあろうにぬいぐるみの着せ替えに、大金払うバカ親がいることに怒りを感じるわ! しかもそんなことに、IGDまで加担するなんて! 世の中、絶対、まちがってるっ!!! 」

「それ、既に少女の発想じゃないと思う」

「悪かったわね! どうせ私も生まれつき人外よ! いいわよ、アリシアを見習って強くあつかましく生きるから!」

アリシアはとうとう大笑いしていたが、それがおさまるとまだくすくす笑いながら解説を加えた。

「でもさ、その収益の大半は、いろんな児童救済団体に行くことになってるんだ。うちの大将はアレクなんだから、そのへんはちゃんと考えてるよ。気持ちよく余ってる大金払って頂いて、それを必要な所に持っていく。きみも知ってる通り、IGDは流通機構だからね。モノだけじゃなく、金も淀ませずに回流させるシステムそのものなのさ」

言われてリデルはふいに納得させられたようで、う〜む、なるほど! そう来たか、と言った。先ほどとは一転して感心した様子のリデルにアリシアはまた笑い、それから続けた。

「それだけじゃなく、慈善基金の投資チームなんかもあって、そこでは資金を投資することによって収益を上げて、それを慈善団体に回すようなこともやってるしね。つまり、元金はそのまま、それが生み出す利益を世間に回すわけ。うちの情報網がバックアップしてるんだから、最強だろ? 年間収益は倍じゃきかない。もちろん、IGD内部でそれやっちゃインサイダー引っかかりかねないから、投資チームそのものがIGDとは完全に無関係の存在として確立してあるし、投資先も公明正大に他の企業に対するものだよ。IGDは慈善目的で妥当なレベルまでの情報を提供してるだけ」

「お〜、元金そのままで倍々ゲーム? それは美味しい方法ね」

「だろ? ま、金が回れば、世の中も回るってわけさ。お分かり?」

リデルはそれにとうとう、まいりました、考えが足りませんでした、と言ってアタマを下げた。

「おや、素直。実に、よろしい。女の子は、そうじゃなきゃね」

「言ってなさいよ」

そこへドアの向こうから、ノックと一緒にマジェスタの声が聞こえてきた。

「お茶を持ってきたわよ。入っていい?」

「あ、は〜い」

「ところで、なんで、ぼくたちはこんなとこで床に座り込んで話してるわけ?」

「あら。いつの間にか、話に夢中になってたわ」

「じゃ、お茶でも飲みながらソファで話そうよ」

言って、アリシアは立ち上がると、入って来たマジェスタからお茶とお菓子が乗っているワゴンを引き継いで、ソファの側のテーブルまで押して行った。リデルはそれからグラスやお菓子のプレートをテーブルに並べるのを手伝っている。トロリーはもらったばかりのお着替えセットをあれこれ吟味するのに夢中のようだ。マジェスタはその様子を笑って眺めながら、扉を閉めて戻って行った。

original text : 2012.11.4.-11.22.