翌日から子供たちはそれぞれ希望のマリン・スポーツをマスターするべくレッスンを開始したが、あれもこれもやってみたいデュアンは、まずは兄と一緒にダイビングを習い、その後、ヒマを見てジェットスキーにもトライしてみようということにしたようだ。一方、ウィルはマーティアに教えてもらいながら、連日、小型艇で喜々として海に出ている。

昼間はそうしてアクディヴに過ごし、夜は夜で絶海の孤島に滞在しているとはとても思えないほど贅沢な食材をふんだんに使ったごちそうを楽しみながら、際限なくお喋りに花が咲いた。今や、子供たちにとってもマーティアは"ルーク博士"ではなく、ちょっと年上の兄貴程度の気安い存在になっていたが、それにはリデルが目の前で彼にあまえてジャレついていることも大いに影響していただろう。なにしろマーティアは妹をすっかり可愛がっていて、その多少ナマイキに思えるような発言ですら笑って受け流していたからだ。しかし、だからと言って子供たちにとって彼の存在感が軽いものになったということではなく、話せば話すほどむしろ、その高い知性を折にふれて感じさせられざるをえず、それら両方のせいでよけいマーティアに対する好意と敬意は増しているようだった。

また、チャールズは皆が最初に感じた通り、マーティアの部下だの使用人だのと言うよりはやはり親しい友人の方であるらしく、時が経つにつれて彼も食後の歓談に加わって様々な興味深い話を披露してくれるようになった。それに、カード・マジックの腕は大したもので、子供たちはその鮮やかなカード捌きに魅了されてしまい、教えてもらってやってみるのだが大失敗の繰り返し。それがまた毎夜、皆の大笑いのタネにもなっている。他に、アシュバとのチェス合戦も毎日の楽しみのひとつだ。対戦だけではなく、パターンの解析や教授までしてくれるので、特にファーンとデュアンはここでウデを上げて、昨年の夏に負けまくった祖父に今年の夏こそはぜひとも一矢なりと報いて見せると盛り上がっていた。

そうこうするうちに彼らの休暇は中盤に差し掛かかり、島に滞在して六日目の午後。今日もウィルはマーティアと一緒にモーターボートで海に出ていたのだが、そうするうちに二人は島に向かって降下してゆく機体に気がついた。マーティアが言っている。

「あー、あれってもしかして」

「島に降りて行きましたよね?」

「うん。もーしかして、アレク来ちゃったかも」

「え?」

「今の、アレクのプライヴェート・ジェットだったような気がするんだよ」

「えーっ、ロウエル卿のですか?」

「そう。ごめん、今日は悪いけどそろそろ切り上げよう。今のとこ、他にこの島に来る人間なんていないはずだから、どう考えてもあれはアレクだ。たぶん、アリシアと、どうかするとディも一緒じゃないかと思うから、紹介するよ」

「あ、はい」

マーティアはウィルと操縦を交代し、船首を島に向けると一気にスピードを上げた。さすがと言おうか、鮮やかなものだ。ウィルは長年の尊敬の的であるマーティアが、仕事や研究以外でも何であれ見事にこなしてしまうのを目の当たりにして、ますます心酔の度を深めつつあった。

モーターボートは屋敷の裏の海水を引き込んだスペースに格納しているので二人はそちらから入って行ったのだが、ちょうどその頃、ハンガーにジェットを残して屋敷に到着したアレクのジャガーから、マーティアの予測通り、アレクとアリシア、それにディが降りてくるところだった。既にチャールズが出迎えていて、ファーンやデュアンも戻って来ていたらしく、思いがけない再会に驚きの声を上げている。開いたエントランスのドアからそれを見つけ、マーティアはやっぱりと思って出てゆきながら声をかけた。

「アリシアがディを連れてくるかなとは思ってたけど、まさかアレクまで来るとはね」

言われてアレクはそちらを振り向き、嬉しそうな顔で言っている。

「何言ってるの。おれにだって遊ばせてよ。第一、きみとアリシアがサボってるから、こっちに仕事が回って来ないんじゃないか。バカバカしいから、後は全部ルイに任せて来た」

それへ横からファーンが、ちょっと心配そうに口を挟んだ。

「でも、IGDのトップがみんなここに集まっちゃって、大丈夫なんですか?」

「大丈夫、大丈夫。うちのブレインはみんな優秀だし、そもそもIGDがコケたところで世界経済がひっくり返る程度だよ。人類滅亡までは行かないだろうから、いいんじゃないか?」

いつもながらのアレクのアバウトな答えに、デュアンも笑って尋ねている。

「アレクさん、もしかして本気で言ってます?」

「本気本気。任せなさい。そんなことより、食材、山ほど積んで来たから、今夜はみんなでバーベキューやろう、バーベキュー」

もうすっかりお遊びモードに入っているアレクに呆れて、マーティアが言った。

「最近、忙しくて忘れてたけど、アレクってけっこう、お祭り男だからなあ...」

「どういたしまして。遊ぶ時は、思いっきり遊ばなくてどうするの。とにかく、おれはこれからしばらく休暇するからね。子供たちは、おれとディで引き受けるから、きみたちはあっちで仕事してきなさい」

「それはないでしょ、アレク、それって横暴。 異議あり!」

「却下! 1週間も二人してサボってたんだから、いい加減、おれと交代したってバチは当たらないよ」

「う〜」

アレクの姿を見たとたん、マーティアがすっかり甘えっ子モードに入っているのにふと気づいて、ウィルは後ろでくすくす笑っている。本人は意識していないのだろうし、馴れっこのディやアリシアも全然気にも留めていない様子なのだが、それを初めて見る子供たちには、はっきりと分かるような変化だった。

「あ、そうだ。アレク、それにディもアリシアも、紹介しておくよ」

言ってマーティアは振り返り、ウィルを皆に引き合わせた。

「こちら、ウィリアム・クロフォード。今のクロフォード公爵のお孫さんに当たるんだよ」

「聞いてる聞いてる。はじめまして、宜しく」

言って、差し出されたアレクの手を握り、握手を交わしながらウィルは始めまして、お会いできて光栄です、と言った。ディやアリシアにも同じように挨拶しながら、彼は、まさかこんなところでIGDのトップ三人とモルガーナ伯爵にまで一気にまみえることができようとはと、その望外の幸運に感謝したい気分だった。

「わ〜い、アレク! ディ! 来たんだあ♪」

そうこうするうちに、ロイに連れられて出て来たリデルがポーチを駆け下りてきてアレクに飛びついた。

「お〜、きみもいたのか、爆弾チビっ子!」

アレクがリデルを抱き上げながら言うと、彼女はレディに向かって失礼ね! と唇を尖らせた。

「相変わらず、元気そうじゃないか」

「私は、いつでも元気よ。あ、ディ、いらっしゃい。アリシアも、おかえりなさい」

「すっかりここを占拠してるみたいだな」

「まかせてよ」

「さて、じゃとにかく中に入ろう。あ、チャーリー、車の中の荷物頼めるかな?」

「ええ。運んでおきますよ」

それで一行はぞろぞろと屋敷の中に入って行き、アリシアだけは着替えて来ると言って席を外したが、他の皆はサロンに落ち着いた。

トップ三人ともがこんな離れ小島で遊んでいるのだからファーンの懸念は最もだったかもしれないが、アレクの言った通り、彼の側近のルイを始めとして、回りを固めているブレインも有能な連中ばかりだ。それに、一朝事あった時の危機管理体制も万全に敷いている。そもそも、例えば今、万が一にもアレクたち抜きで処理不可能な事態が起こった場合、まさしく瞬時にここへ通信が入るであろうし、大抵のことならここで指示を出すだけで対応できるはずだ。また、彼らが現場で采配を振らなければならないような事態であっても、ここからジェットで直接急行すれば良いことで、更に一刻を争うならばヘリか小型機で飛び立ってアークと合流し、そこから最速のファイターを飛ばすことだってできる。もしアークの位置が悪くても、クランドルはもちろんのこと、他の協力関係にある国もIGDからの要請があれば可能な限り応じてくれるから、どこの国でもファイターの一機や二機、いつでも飛ばしてくれるだろう。

つまり、どこにいても全世界をほぼ半日以内でカバーできる彼らにとって、今や距離はさほど大きな問題ではないということだ。逆に言えば、IGDの巨体は既に世界に広がっているために、どこかで何かが起こった時、トップがどこにいようと現場まで移動するのにかかる時間に大した差はないとも言える。

また逆に、この島のセキュリティに関して言えば、ここの正確な位置を知っている者はごくごく僅かで、知らずに辿りつけるような場所ではないし、レーダーや衛星など、科学的な探査装置はもちろんのこと、人間の視覚でも捉えることができないように撹乱装置が作動している。だから例え、たまたま付近を航行する船があったとしても、ここに何らかの人為的建造物が存在するとは感知できないようにされているのだ。それでも万々が一、害意を持って上陸して来る者があり、最悪の事態に陥った場合には、屋敷内の全てのデータ端末をボタンひとつで完全に廃棄、更に、これは子供たちには話していないので彼らは知らないが、屋敷の地下からはサブマリンで海中に脱出することすらできるようになっている。脱出後はもちろん、最強のバトルシップであるアークと合流するから何も問題はない。ついでに言えば、アークからはいつ何時でも彼らを護衛するために、数機のファイターが飛び立ってくるだろう。アークが戦闘機まで搭載しているのは、もちろん世界各国の要人を乗せることが多いことも考慮してのことであるが、ともあれ、この鉄壁の防衛網をかいくぐってアレクたちに危害を加えることも、彼らの行動を制限することも、全くと言ってよいほど不可能と言わざるを得ない以上、めったなことでIGDがコケることなどあるわけはなかった。

こうして、アレクたちが合流したことでますますにぎやになって、その日は夕方から大々的にバーベキュー・パーティが催された。マーティアの言った通り、"お祭り男"のアレクがいるだけで、昨日までよりその賑やか度は数段高くなっている。と言うよりも、それがまさしくアレクの求心力のなせる技、彼自身は普通に振舞っているのに、皆の方がその側にいることで"特別な時間"と感じて、はしゃいでしまうようなのである。そういうところが正に太陽神の太陽神たる所以なのだろう。

ウィルは元より、アレクたちと以前にも会ったことのあるファーンやデュアンでさえ、全くプライヴェートな時の彼らを見るのは初めてだったが、何より驚かされたのはその屈託のなさだった。今の三人を見て、世界的なコングロマリットのオーナーだの重役だのという鬱陶しい肩書きを背負っているとは、知りさえしなければどこをどう間違っても想像がつかないのに違いない。アレクは自ら調理を買って出ているし、マーティアは何かと子供たちの世話をやいてやっていて、"外では思いっきりネコをかぶっている"アリシアに至っては、リデルとタメでやりあったりしているものだから、ウィルがそのイメージをすっかり変えたのも無理はない。しかも、ふだんはクールを絵にしたような"氷の王子さま"が、いつもよりずっと楽しそうで、お喋りですらあるのは、その息子たちにとっても殆ど初めて見る意外な側面と言えた。ディにはやはり、この三人が一番のお気に入りなのだ。そんなアットホームな雰囲気に子供たちもいつの間にか巻きこまれてしまって、すっかり"身内"と化している。

IGDは元々、ロウエル家の傘下に古くからある企業グループを母体として派生したものだが、それ自体は成立してからまだせいぜい十年ほどしか経っていない。マーティアの言っていたように実際の彼らの活動の多様性を考えれば、それは企業と言うよりも"国家"と言った方が正しいだろうが、その生まれたばかりの"国"の建国者たちも同様にまだ若すぎるほど若いのだ。逆に言えば、IGDのパワフルで柔軟性に富むイメージと、そのイメージの基盤となっている事業展開は、まさしく中枢にいる者たちの本質的な性質そのものの反映と言っていい。理想も創造性も柔軟な精神なくして生じるものではなく、その柔軟性そのものが"若さ"というものだ。それはもはや、年齢の問題ですらない。

本来、隠棲を好む賢者を動かすことが出来るのは真に王道の王のみだが、賢人の助力を得ることのない覇王の治世が世に混沌と混乱を齎すことは歴史の示す通りである。その混乱を照らす光が賢者であり、その光の元に平穏を回復することが真の王者の務めであろう。IGDはまさにそのためにこそ存在している。

original text : 2011.7.21.- 8.10.

  

© 2011 Ayako Tachibana