兄弟三人揃ったところでとりあえずサロンに落ち着き、ロベールも交えてお互いに近況報告でひとしきり話がはずんだ。

まだ夏休みに入る前にロベールはお披露目の段取りを相談するためもあって、季節外れのサンタクロースよろしくプレゼントの山を担いでクランドルを訪れ、大忙しながらも有意義な二週間を過ごして来たのだ。滞在中は、"感謝の気持ちを表したい"と称してデュアンともどもカトリーヌをモルガーナ家に招いてディナーを共にしたり、メリルの様子を見がてらスティーヴンス家を訪問し、マイラの素晴らしい手料理をご馳走になって大喜びしたり、以前の約束通り、とっておきのワインを二、三十本抱えてクロフォード家にウィリアムを見舞って昔話に花を咲かせたりと、孫たちのおかげで始まった新しい交流を存分に楽しんでいた。そうなると彼も"ヨメが三人いっぺんに来たと思えばいい"というディの理不尽な言い分すら、許してやるかという気にならないでもなかったが、ともあれ、その時にも子供たちと会っているから、双方にもうすっかり"一族の絆"と言っていいような親しみが生まれている。

一方、子供たちどうしにしても、特にファーンとデュアンは半年ほど前に初めて会ったばかりとはとても思えないほど仲良くなっているし、デュアンはメリルと前に会った時にちょっと場を悪くしたことを反省していたので、表立っては反感や敵意があるような素振りも見せてはいなかった。ファーンの方は自分でも言っていた通り、おとなしそうに見えてゴーイングマイウエイな兄のことが、わりと気に入っているようだ。そのせいで何かと長兄を立てる様子で話しかけてくることもあって、気を使ってくれてるなというのが分かるのかメリルの受け答えもスムースだった。そんなふうにして孫たち三人が特に大きなわだかまりもなく打ち解けつつあるのを見ることは、ロベールにとっても大きな歓びだと言っていい。

お茶のあと、ディナーまで少し時間があるので来たばかりの二人は部屋で一休みすることになったが、その間、メリルは絵を描くと言って自室に下がって行った。しかし、ディナーが始まる少し前になってファーンとデュアンがクロードを先触れに立て、書斎で書類に目を通していた祖父に会いに来た。子供たちは夏休みだが、まだ完全に引退というわけにはゆかないロベールの方には仕事が追いかけてくるのも無理はない話だ。

「だんなさま、ファーンさまとデュアンさまが少しお時間を頂きたいと仰っておられるのですが」

「おお、構わんぞ。入りなさい入りなさい」

その答えに応じて子供たち二人が入って来ると、ロベールは出迎えて居間に通した。

「まあ、かけなさい」

祖父の勧めに応じて二人は、はい、と言うとソファにかけた。ロベールも向かいに座って、どうだ、部屋は気に入ったか? と尋ねた。

「ええ。庭が一望に出来て眺めもいいし、とても落ち着ける感じですよ」

「ぼくは、お城に泊まるなんで初めてなんで、なんかわくわくしちゃって」

二人の言うのにロベールはにこやかに頷いている。それへ、ファーンが話を切り出した。

「あ、それでおじいさま。実は、お渡ししておきたいものがあったんです」

「ん? 何だね?」

「これを」

言って、ファーンは持っていた小さな包みをテーブルの上に置いた。

「本当に気持ちばかりなんですけど、おじいさまにお礼がしたくて。ぼくとデュアンと、それから...」

「おいおい、そんな気を使わなくても...」

「いえ。この春以来、おじいさまにはよくして頂いて、ぼくもデュアンも本当に嬉しいんです。それを少しでも伝えられたらと思って。何を贈ろうか相談してるなんて話をぼくたちそれぞれ母にしたら、ぼくの母も、デュアンのお母さんも同じ気持ちだったようで、母たちも一緒にということになりました。正直、ぼくたち二人では何を贈ればおじいさまに喜んでもらえるか分からなくて」

「ママが、先日はディナーにご招待頂いて有難うございましたって伝えて欲しいって。ママ、本当に嬉しかったらしくて、家帰ってから泣いちゃったんですよ。それで、もうぼくのことは、おじいさまに任せておけば安心ねって」

「うちの母からも、この前来て下さった時のこと、重々お礼申し上げておいて欲しいと頼まれました。前にお父さんと来て下さった時もそうだったみたいですけど、とにかく大じいさまがあんなに楽しそうになさっていたのは何年ぶりという様子だったので、母もそれが何より嬉しかったようです」

二人の言うのにロベールはすっかり感動してしまって声もない。

「ですから、受け取って頂かないと」

ファーンが重ねて言うのへやっと頷いて、ロベールは孫が改めて差し出した包みを手に取った。

「開けてみていいかね?」

「はい」

ロベールが美しくラッピングされた包みを開いてみると、出て来たのは見事な細工を施したエメラルドのカフスとピンのセットだった。エメラルドはロベールの誕生石だ。また、幸運や新たな出会いという石言葉もある。

「これはまた...、なんと素晴らしいものだな」

「お気に召して頂けましたか?」

「もちろんだよ。しかし、気持ちは嬉しいが、きみたちには跡取りを引き受けもらったし、お母さんたちには安心して後を任せられるきみたちのような子を育ててもらって、本当に礼を言わなければならないのは私の方なのに、こんなにしてもらっては恐縮してしまう。なにしろ、念願の孫が出来たことで、ここしばらく私ははしゃぎ回っていたからな。それで、返って気を使わせてしまったようで...」

「そんなことありませんよ。母もクランドルに来られたら必ずお顔を見せて頂きたいと言っていましたし、それに、プレゼントするのが楽しいのは、おじいさまばかりではありませんからね」

笑ってそう言ったファーンに、ディいわくのところの"プレゼント魔"であるロベールは、これは一本取られたと思いながら答えた。

「なるほどな。では、頂いて大事に使わせてもらうとしよう。有難う。お母さんたちにも、私が喜んでいたと伝えておくれ」

「ええ」

祖父が受け取ってくれたことにほっとしてファーンが言い、デュアンも横でにっこりしている。

「いやあ、しかし、嬉しいなあ。本当に私にとっては長年の夢だったんだよ。こんなふうに孫がいて夏休みに遊びに来たり、ディが結婚してくれれば娘もできるんだがなとかね。長いこと待たされたが、結局それも三倍になってかなったことを考えると、あの脳天気息子のやることも許してやろうかという気にもなるというものさ」

それに笑ってファーンが答えた。

「まあ、"お父さんならでは"でしょうね。まず、誰にも真似できないと思いますよ」

「きみもそう思うか?」

「はい」

「ね、おじいさま」

「何だ?」

「さっきから気になってるんですけど、あの絵」

「ん?」

デュアンの視線の先には、マントルピースの上に飾られたメリルの絵があった。

「とてもいい絵ですよね。新しいものみたいですけど」

「ああ、ぼくもそう思ってたんだよ。どなたの作品なんでしょう」

「ほお。あれを目に留めるとはきみたちもなかなかだな。誰だと思う?」

「すみません、不勉強で。どなたのものなのかはちょっと」

「ぼくも。美術書や美術雑誌はわりと見てる方なんですけど」

二人の言うのに内心笑いながら、ロベールは意地悪くなかなか作者を教えてやろうとはしない。

「いやいや。それは無理もないと思うよ。全くの新人だからね」

「そうなんですか?」

「うん」

「じゃ、おじいさまが目をかけてらっしゃる方なんですね。ラファイエットの方でしょうか?」

「いや、クランドルだ」

「いいなあ。おじいさまのお部屋に飾ってもらえるなんて。ぼくのなんかじゃダメですよね」

「そんなことはないよ。デュアンの絵だったらいつでも大歓迎だ。なにしろこれは、私のもう一人の孫が描いたんだからな」

言われて二人は顔を見合わせ、それからデュアンが声を上げた。

「え? それってもしかして、メリル兄さんってことですか?」

「そうだ」

デュアンは改めてその絵をよく見るために立って、マントルピースの方へ歩いて行った。ファーンも驚いた顔で言っている。

「ああ、なるほど。やはり、こんなに才能のある方だったんですね」

「うん。あの子の絵に打ち込んでいる様子は、ディの子供の頃にそっくりだよ。あれも放っておいたら、日がな一日キャンバスとスケッチブックにしがみついているような子供だったから」

言いながらロベールはまた、その絵の方に目をやった。

"老成"とも言いたいような達観を表現した画面は、しかし、その透明感のある色彩の瑞々しさによって爽やかな印象さえ与える。それが、長い闇を抜けた先に光明を見出した経験のある者にこそその真価をもって迫ってくるのだろう。全く、何度見てもいい絵だとロベールは思いながら、これをまだ十三歳にもならない少年が描いたのかと考えるたび、孫の才能に改めて感嘆せざるをえないのだ。メリルがいずれ画壇に本格的に名乗りを上げる日が来るのが、今から楽しみでならない。

兄や祖父がそんなふうに絵の出来栄えと、その作者の才能について語り合っているのを後ろに聞きながら、しかし、デュアンは心中穏やかではなかった。

ロベールやファーンのように芸術のパトロンには成り得ても、自身の才能が別の方向に向かっている者なら冷静に受け止めて手放しで褒めていられるのだろうが、曲がりなりにも絵描きを目指しているデュアンにとっては、こともあろうにあの父に、あんなワケの分からない反感を持っているあの兄が、なんでこんなに才能もらってるんだ! と思うとむかむかむかっと来てしまうのも仕方がない反応だ。しかも、自身はイラストレーター志望とはいえ、母の関係やディのファンということもあって、この子にはうんと幼い頃から様々な展覧会や美術館を訪れては名画に触れる機会が数限りなくあった。そのせいで幸か不幸か、この年で既に絵の価値を見抜く目を持っているのだ。その目でもって見れば、誰が描いたのであれそれが美術的に大変クオリティの高いものであることは認めざるをえない。

内心、くっそ〜〜〜、と思いながらも、それは口に出さず、デュアンはしばらくじっ、とその隅々まで完璧に仕上げられた絵を見据えて、マントルピースの前に立ち尽くしたままだった。自分が油絵の具を使えないのが、くやしくてたまらなかったのだ。しかし、デュアンの表情は後ろにいる二人からは見えなかったから、そんなこととは思ってもみないロベールが脳天気に言っている。

「デュアンも相当感心しているらしいな。どうだ? 本当にいい絵だろう?」

祖父に言われて我に返り、デュアンは一息つくとそちらを振り向いたが、その時には一瞬にしていつもの天使のごとき無邪気な少年の顔に戻っていた。

「ええ、すごく。こんなに描けるなんて、ちょっと嫉妬してしまいますね」

ロベールはその"嫉妬"という言葉がどれほどデュアンの本心かは気づかないまま、笑って答えた。

「しかしな、私はきみの"自信作"も楽しみにしているんだぞ。まだ、描けんか?」

「そんなにすぐは無理ですよ」

デュアンは笑って冗談らしく言いながらソファに戻ったが、心の奥深くでは、イラストでもいいからおじいさまに感心してもらえる絵を絶対に描いてやる、と、堅く誓っていた。あの兄にだけは、何があっても負けたくはないのだ。

original text : 2009.11.13.+11.14.

  

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