クリフ・マルロウが率いる傭兵部隊はIGDの指揮下にあり、実質アレクたちの私兵と言っていい。レギュラー・メンバー8人全員があちこちの火事場で生き残ってきた一騎当千の傭兵たちで、仕事の内容や規模によってはこれにゲストを加えることもある。しかし今回の場合は、機密保持を徹底することが必須だったので、アレクはごくごく信頼の置けるクリフたち8人の精鋭のみを待機させていた。この8人と、アレク、マーティア、アリシア全員が動いて助け出せないなら、世界中どこのどんな組織にもデュアンたちを生きて取り戻すことは難しいだろう。

「ざっと検索したところ、ミレニア付近にはIGDと関連する物件が3つありますが、そのひとつが傘下のオーランド製鉄の所有です。これは社員の休暇用に確保されているもので、初夏から秋までしか使用されていません。従って、現在は無人です。ヘリが降りることの出来る駐車スペースもあるようですね。別荘地からはかなり離れているので、ヘリが降りても怪しまれる心配はないでしょう。そこにしますか?」

アレクとマーティア、それにアリシアは、早々にヘリに戻って、情報をまとめ終えたルイとの打ち合わせに忙しかった。ルイの提案にアレクが尋ねている。

「クルマは手配できそうかい?」

「我々の使う分も含めて3台あれば十分ですね。それならうちの支社がごく近くにありますから、そちらから回せると思います。あまり多くなると分散しても注意を引くでしょう」

「じゃあ、そこでクリフたちと合流できるな。別荘地の方は?」

「周囲の物件はそれぞれそれなりの広さの敷地を持っているようですけど、敵に勘付かれにくい位置と言うと...、これかな。持ち主はマルグリッド・オーソンとなっています。どういう人物かすぐに調べさせましょう」

ヘリに搭載されているディスプレイに表示された区画図の一点を指してルイが言った。

「なるほど。デュアンたちがいる建物のすぐ裏手だけど、距離的にはかなりありそうだな。間に林もあるから、アプローチもしやすそうだ。どう思う? マーティア」

「いいんじゃない? そのマルグリッド女史が今そこにさえいなきゃ」

「ヘタに交渉なんかしてたらリークする元だよ。どうせ今晩中にはケリつけるんだから、いないならラッキーで使わせてもらっちゃおう」

この乱暴な提案はアリシアだ。マーティアが呆れている。

「身もフタもないご意見ですね」

「どうして? リーズナブルだと思うけど? 気が咎めるんなら、後から買い取っちゃえば問題ないじゃない」

それへアレクが口をはさんだ。

「おれはアリシアに賛成。確かに交渉なんてしてるヒマはないと思うよ。あんまり感心はできないが、この際、必要なら金にモノを言わせよう」

少し考えてからマーティアも納得したらしい。頷いてからルイに言っている。

「じゃあ、持ち主が今、そこを使っているか、一両日中に使いそうな気配があるか調べさせてみてくれる?」

「はい、すぐに」

言ってルイはまた携帯端末のキーボードを叩いている。この端末は衛星を利用した極秘通信システムと繋がっていて、もっとも機密保持の信頼性が高い。ここから送信されるデータは自動的に暗号化され、指定された受信者以外の解読はほぼ100%不可能だ。

「クリフ大尉たちは既にミレニア方面に向けて出たようです。合流地点は今、伝えました。それから、子供たちのいる建物の見取り図ですが、既に入手済みでしたので送信させました。こちらにも今入ってきます」

「よし、じゃ、こっちも...」

言いかけたマーティアにアリシアがディは? 置いてくの? と尋ねた。

「おれははっきり言って置いてきたい気分」

「絶対、怒るよ、ディ。追いかけてくるかも」

「だって、ディが約束通りおとなしくしててくれると思う?」

マーティアの問いにアレクが答えた。

「まあ、してないだろうな」

「だろ?」

「でもそんなに心配することもないよ。ディはああ見えておれやきみくらいの戦闘能力はあるんだから。」

「それは分かってるよ。ただ、そんなものディに使わせたくないのっ」

「それはおれも同感だけどね。あいつの気持ちも分かるから、連れてくだけは連れてって、あんまり危ないようだったら縛りつけて転がしとくとか、足つっこませない方法はいろいろとあるだろ?」

それへマーティアはまだ反論したい様子だったが、しばらくして不承不承頷いた。

一方、ディの方は早々に着替えて玄関に歩きながら後の指示をアーネストに伝えていた。タートルのセーターとコーデュロイのジーンズの上に革のジャケットという、出かける時のディには珍しくラフなスタイルだ。しかもブーツまで全て黒づくめときている。

「ぼくからベンソン夫妻に状況を説明している時間はないから、聞かれたら伝えてくれないか。」

「はい、どのように?」

「子供たちの居所が分かったので連れ戻しに行く。明日の朝までには戻れると思う。危険だから一緒にはお連れできないが、エヴァを連れて戻るまでここでお待ち頂くように。」

「かしこまりました」

「ここでいいよ」

玄関を出たディに更についてこようとするアーネストにディが言った。内心では引き止めたいのだろうが、今は既に主に忠実な執事の落ち着きを取り戻している彼は、そこで立ち止まり、では、お気をつけて、と答えた。ディはそれへ頷いて見せ、車寄せの方へ歩いて行った。

original text : 2008.2.28.

 

   

© 2008 Ayako Tachibana