デュアンが寄宿学校行きをとりやめたことについて、言われていたことでもあり、ディは約束通りマーティアに知らせておいた。マーティアにはその時点でどういう対策を講じるかまだはっきりしていなかったので、近いうちに連絡するとだけ言っていたのだが、それから10日ほどした頃のことだ。書斎で書類に目を通していたディにアーネストがウィンスローさまとおっしゃる方がお見えで、だんなさまとお話なさりたいとおっしゃっておられるのですが、と告げに来た。

「ウィンスロー? 聞き覚えがないんだけど、用件は聞いた?」

「いえ。ただ、ロウエル卿からのご指示で見えられたとだけ」

「アレクからの? じゃあ、会わないわけにはいかないな。応接室にお通しして」

「かしこまりました」

しばらくしてディは応接室に出て行ったが、立ち上がって礼儀正しく挨拶した青年に見覚えがあるようなないような、もうひとつはっきりしないながらも彼はとりあえず用件を聞こうとソファに腰を降ろし、相手にもそう促した。

「ルーク博士から、お聞きになっているかと思いますが、私は...」

「マーティア?」

「はい。ここ数年、私はIGDの仕事をさせて頂いてきたのですが、今度、ロウエル卿とルーク博士から、ご子息のボディ・ガードをおおせつかりました」

「いや、マーティアからはまだ何も...」

言いかけて、ふいにディは目の前の青年をどこで見たのか思い出した。

「ああ、そうか。きみは、この前の誘拐騒ぎの時、デュアンたちを守っていてくれた人だね?」

「ええ」

「なるほど」

「ルーク博士が連絡をしておくとおっしゃっていたのですが?」

「まだ聞いてなかったんだよ。行き違いになってるんだろう」

「そうですか」

「それで? じゃあ、きみがデュアンのボディ・ガードを?」

「はい。今度のことはルーク博士もロウエル卿も大変気にしておられまして、信頼のおける者をご子息に付けたいとおっしゃっていたので」

「そう...。それはもう、うちとしては大助かりなんだけど。これまでその仕事をしてくれていたロイが入院中でね。幸い、既に意識も戻っていて、一命は取り留めたんだけれど、復帰には時間がかかりそうだし、何を言うにも彼は普通に民間のボディ・ガードだから。うちの場合、今度のように単なる営利誘拐程度では済まない問題に巻き込まれることもあるし、それで今後、彼では荷が重いかもしれないとも思っていたところなんだ」

「それでしたら、自分で言うのも何なんですが、私なら適任ではないかと思います。これで、IGDの仕事に入る前はいろいろと火事場で経験も積んでいますから」

ディは頷いてから、じゃあ、ちょっとデュアンにも会ってもらおうかなと言った。

「はい」

ちょうどコーヒーを運んで来たアーネストにデュアンを呼ぶように伝え、ディはケンに注意を戻した。

「きみは、ずっとこういう仕事を?」

「はい。大学を出てから8年ほどになりますが、当時、いろいろと考えるところがありましてこういう道に」

「なるほど」

言っているところへデュアンが入ってきた。彼の方はケンのことをよく覚えていたので、驚きながらも嬉しそうな顔で挨拶した。

「あれ? ウィンスローさんですよね? 」

「やあ、デュアンくん。この間はどうも」

「こんにちわ。あの時は有難うございました。でも、どうしてあなたが?」

デュアンが言いながらディの横にかけると、ディが経緯を説明した。

「アレクやマーティアが気を使ってくれたらしくてね。彼にきみのボディガードを頼んでくれたそうなんだ。ロイの後任を探さなければならなかったところだし、いい話だと思うんだけど?」

「本当?」

「うん」

「それはぼくは嬉しいけど、でも...」

ケンが階下から押し寄せてくる敵にひるむ様子もなく、的確な判断で自分たちのことを守ってくれた時、カッコいいなあとデュアンはつくづく思ったものだ。自分の力の無さを思い知っていた時だけに、どうやったらあんな風に強くなれるんだろうとも思い、それはとても印象的だった。

「何か不都合があるでしょうか?」

尋ねたケンに、デュアンが言っている。

「っていうか、ボディガードとは言っても、仕事は殆どぼくの送り迎えとお守りですよ? あなたみたいな仕事をして来た人から見たら、つまらないんじゃないかと思って」

デュアンの言うのにケンは微笑して答えた。

「そんなことはありませんよ。もちろん、仕事に関して気を抜くつもりはありませんが、実は、この8年ほどで今までの仕事をして来た目的は大体果たせたと自分でも思えるので、そろそろ引き時かなと思っていたところだったんです。今後についてもいろいろと考えてはいるんですけど、なにしろ今までが殺伐としてましたからね。通常の社会に復帰するには、ボディガードというのはちょうどいい具合に私向きかなと思って」

それを聞いてデュアンは頷き、ディに向って、ウィンスローさんってすごいんだよ、と言った。

「ぼくのボディガードなんて、もったいないくらいなんだけど」

「じゃあ、お願いする?」

「うん!」

すっかり話がまとまったところにアーネストが入って来て、マーティアさまからお電話が入っているのですがとディに告げた。

「ああ、たぶん、この話だろう。ここで取るよ」

ディが言うとアーネストは頷いて、部屋の隅にあるチェストの上に置かれた受話器を取ってディに渡した。

「マーティア?」

 ― ディ?

「うん。今、ちょうどウィンスローくんと話していたところなんだけど、そのことだろ?」

 ― そう。ごめんごめん。今朝のうちに連絡を入れておくつもりだったんだけど、何かとヤボ用が多くてね。ふと気がついたらこんな時間になってて、これじゃ、本人の方が先に着いちゃってるよね?

「着いちゃってますよ。きみからの連絡が入ってなかったものだから、ちょっとびっくりしたけど」

 ― 申し訳ありませんでした。でも、ともかくそういうことで、ケンに行ってもらうことにしたんだよ。どうかな? 

「今、デュアンとも話してたんだけど、彼ならこちらも安心して任せられそうだ。助かるよ」

 ― 良かった。うちとしては、ケンを手放すのは辛いとこなんだけど、おれが信頼のおける人間を探してると聞いて本人の方から行きたいって言ってきてね。それでアレクとも相談して、こういうことに決めたんだ。いちおう、これからもIGDの指揮下には居てくれるってことなんで、何かあれば呼ぶことになるかもしれないけど、デュアンのことを最優先するようには言ってあるから。

「有難う」

 ― いえいえ。まあ、アレクとおれからのお詫びのしるしと思ってよ。ケンってけっこう面白いやつで、アレクと同じ大学をハタチで出てるからアタマも切れるし、おれたちも気に入ってるんだ。わりといいうちの出のくせに、親とは折り合いが悪いらしくて、ってまあ、よくある話で息子の言うことをなんにも聞かない親みたいでさ。それでケンの方がブチ切れてさっさと家を出たらしい。アレクやおれが気に入るくらいだから、どんなヤツかはディにも分かるだろ?

「まあね」

 ― これでデュアンの身辺のガードは堅くなったと思う。それに、この前かなり強硬手段でカタもつけたし、いろいろ圧力もかけておくつもりだから、この先まず心配はないんじゃないかな。でも万一、何かあっても、ケンなら必ずデュアンを守ってくれるよ。

「そうだね」

 ― じゃあ、デュアンにもよろしく。来月会えるのを楽しみにしてると言っておいて

ディが、伝えておくよと言うと、マーティアは受話器を置いたようだ。その間にもデュアンはケンにずいぶん興味があるらしく、何か話かけているようだったが、通話が終わる頃にはなんだか和気あいあいなムードになりつつあるようだった。子供の扱いもうまそうだなとディは微笑して、アーネストに受話器を返し、何話してるの? と二人に尋ねた。

original text : 2008.4.10.

 

   

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