そもそもがアリシアとマーティアを加えて五分と考えていたところ、本来、子供たちの保護のために裏に待機させていた二人と、しかもアレク、ディまで加わったのだから、発見されたことで返って人数的には楽になったと言って良かった。それに、アリシアがプランB移行を宣言して爆発物が許可されたから、ケンも確実に敵の接近を抑えることができたのだ。その一発の手榴弾自体も向こうに相当のダメージを与えている。しかし、天下のIGDにケンカを売って来るからには敵もなかなか一筋縄ではゆかなかった。

ケンたちに敵が集中してゆかないように自分たちの存在に注意を向ける必要があったので、アレクたちは真正面から乗り込んで行ったのだが、それもあって玄関前のアプローチでいきなり壮絶な撃ち合いが始まった。もちろんそれは仕掛けて行った方のアレクたちには計算済みだ。その間に裏からの侵入がしやすくもなる。しかし、既にナイトが二人付いているとはいえ、未だ王子さまが囚われの身であることに変わりはない。それで正面突破にもあまり時間をかけたくない彼らは、まず両翼の窓からぶっ放してくるマシンガンを射手もろとも確実に黙らせ、クリフたちに掩護させてこちらも半数が素早く屋内への侵入を試みた。もともと軍人でよく訓練されているアレクは当然として、マーティアやアリシアにも動きにムダはない。しかし、クリフが驚いたのはディが他の3人に遜色なくついて行っていることだった。ほんの数分で4人全員が屋内に消えたのを見て、彼はちょっと感心する気持ちになった。あれは、なかなかとんでもない伯爵さまだなと思ったからだ。それから掩護の必要の無くなった彼らも、押し気味に戦闘を進めて、徐々に建物に近づいて行った。

一方、屋内に飛び込んだアレクたち4人は、既に頭に入っている見取り図に基づいて、一直線にデュアンたちのいる3階を目指した。しかし、敵もそう簡単には辿り着かせてくれるつもりはないようだ。廊下の角々で派手に抵抗してくれる。それをひとつひとつ潰して進んでゆくうちに裏から入った連中が加わり、後ろでクリフたちも正面突破に成功したようで彼らが合流してくると、間髪を入れず一気呵成に蹴散らして勝負を決めてゆく。決して容易な相手ではないとはいえ、クリフの言ったようにプロ中のプロの彼らの手にかかってはしょせん素人相手、最初から勝負は見えているようなものではあった。しかもその司令塔は筋金入りの元軍人のアレクと、大天才二人と来ている。それにディの言った通り、キング自身が正面から先陣を切ってゆくのをためらいもしないのだから、クリフたちがアレクに心酔し、実力を惜しみなく発揮するのも無理はない。

戦闘が開始されてから僅か30分ほどで建物内は完全に制圧され、もう誰も抵抗して来るものはいなくなった。廊下のそこここには、当然のことだが敵の死傷者が転がっている。しかし、万一にも隠れている者がいたり、トラップがあったりする危険性もあるので、本来ならこうなった後ほど用心深く進んで行かなければならないのだが、それもよく心得ているはずのディが、表向きここまでは落ち着いて見えていたものの、いつもに似ず今日という今日は内心本気で気が動転していたのだろう。マーティアたちが止める間もなくデュアンのいるはずの3階めがけて階段を駆け上って行ってしまった。

「デュアン!デュアンどこ? 返事して!」

階下で銃撃戦の音が止んだ様子なので無線で連絡を取り、どうやら制圧が完了したと知らされたケンとフィルは、バリケードにしていたソファとカップボードを移動させるところだったが、そこへ廊下の向こうからデュアンを呼ぶディの声が聞こえて来たのだ。

「ディ!」

近くにいると聞いてはいても、実際に彼の声が聞こえてきてデュアンはよほど嬉しかったのだろう。いつものように人前では「お父さん」と呼ぶという用心もすっかり忘れてしまったようだ。その声に気づいて、ちょうど遮蔽物が取り除かれた扉をディが開けて入ってくると、デュアンはもう回りになど全くかまっていなかった。既に安全になっていることもあって、エヴァのいることすらすっかり忘れて、最愛の恋人の腕に飛び込んでゆく。

「デュアン...」

それを受け止めてやって抱きしめると、デュアンが望むままに深い深いキスを与えてやる。その様子はどう見たってタダの親子には見えなかったが、ケンたちは笑って見てみないふりを決め込んでいた。しかし、そうはゆかないのはエヴァである。なにしろ、このシーンに一番ショックだったのは彼女に違いないのだ。まだ、面と向っては告白していないものの、彼女は元からデュアンに恋しているし、この2日の間に何かと自分をかまったり、守ろうとしてくれたこともあって、無事に帰れたら絶対告白する! と心に決めていたのにこんなシーンを見せられてしまったのだから大変だ。彼女にとって、誘拐されて2日間も囚われていたことよりもはるかに、このことの方が大問題だった。そのあたり、エヴァもさすがに今どきのお子サマである。しかし、ディの後を追ってアレクとマーティアが部屋に入って来たので、彼女にしてもその問題は一時棚上げせざるを得なくなった。

「ディ!心配させるのもいーかげんにしてくれる? そのへんに爆弾でも仕掛けられてたら死んでるよっ。よくあることなんだから気をつけてくれないと」

マーティアが呆れかえって言うのを聞いて、ディは抱きしめていたデュアンを一旦離し、ごめんごめんと言っている。

「やあ、デュアン。無事だったかい?」

「ええ、マーティア。それにアレクさんも、助けに来てくれて有難う」

「どういたしまして」

マーティアが言い、アレクはデュアンに笑って頷くと、今度は側にいたエヴァに注意を移した。

「エヴァちゃん?」

「あ、はい」

「どこもケガはない? ご両親が心配してるよ」

「ええ、私は大丈夫です。でも、デュアンが...」

「え? デュアン、どうかしたのか?」

そちらを向いて尋ねたアレクにデュアンは大したことはないんです、と答えた。

「事故の時、ちょっと腕をぶつけただけで」

「私のこと、かばってくれたからなんです」

「ああ、そうか。きみたちが連れてゆかれた時にクルマが事故ってたんだったな。それは帰ったら二人とも一度医者に見てもらわないとダメだ。大丈夫と思っていても、後で何かあるといけないからね」

「はい」

「じゃ、とにかく、後のことはクリフたちに任せて我々は引き上げるか。間もなく夜明けだし、子供たちもベッドに入って眠りたいだろう?」

アレクの言うのへデュアンは笑って頷いている。

「さっき連絡させたから、ヴィラに置いてきたヘリがすぐこっちに来てくれる。しかし、戻ったらすっかり夜は明けてるだろうな」

大騒ぎしている間に既に夜明けの曙光はヘリの窓から眺めることになりそうな時間になっていた。アレクの言う通り、皆がのんびりベッドで眠れるのはすっかり夜が明けてからになるだろう。とにかくこれで、王子さまと姫ぎみは無事救い出されたのである。

original text : 2008.3.20.

 

   

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