翌日、道ならない恋に悩む少年のデュアンが、うわの空な一日をやっとのことで終えて学校から帰ってみると、ローラン靴店のオーナー、レオナルドが以前注文した靴を届けに来てくれていた。ちょうどディも家にいて、仕事にもかかっていない時だったらしく、サロンで靴の出来具合いを見ながら世間話をしていたようだ。アーネストからそれを聞くと、デュアンは鞄を部屋に置いてサロンに出て行った。如何にココロは千々に乱れる毎日とはいえ、根っからオシャレ好きの彼のことで、初めてオーダーした靴が出来上がってきたともなれば嬉しいのには違いない。

「いらっしゃい、ローランさん。靴が出来たんですって?」

デュアンはサロンに入ってゆくと、ディの横にかけながら言った。

「はい。お待たせいたしましたが、このように。お気に召して頂けるとよいのですが」

言って、彼はビロードを張った台の上に宝石のように安置されている美しい靴をデュアンの前に置いた。

「わあ...」

「今も話してたんだけど、さすがになかなかいい出来だろ? サイズも大丈夫だと思うけど、ちょっと履いてごらんよ」

ディに言われて頷き、デュアンは靴を床に降ろして履いてみた。オーダーした後にも一度、学校帰りに店に寄ってサンプルで正確にサイズを合わせてあるから見事にぴったりだ。少し歩いてみて言っている。

「いい感じ! なんか、歩きごこちまで違うみたい」

「それはそうだよ。いい靴というのは、足にぴったり合っているってことでもあるんだから」

「どれもサイズに間違いはないと思いますが、それぞれ微妙にデザインが違っていますので、ご面倒でも合わせておいて頂いた方が」

「そうだね。じゃ、デュアン、他のも試してみて」

「はい」

言って残りの4点も合わせてみたが、みんなサイズに問題はなかった。

「お店で見た時も思いましたけど、いい靴ってもう既に"美術品"ですよね。大事にはかせてもらわなくちゃ」

デュアンにそう言われて、レオナルドはにっこりしている。モノを作る人間にとって、これは最高の賛辞だろう。

「それはそうと、デュアンさまにお礼を申し上げなければと思っていたんですよ」

「え? お礼って?」

「私どもへ靴をオーダーなさったことについて、ブログに書いて下さったそうですね」

「あ。ええ、書きました。だって靴をオーダーするなんて初めてで、すっごく嬉しかったから」

「有難うございます。それで、実はそのことをロクスター夫人からお聞きになった皆さまが、うちの子にもとおっしゃって、あちこちからご注文が後を絶ちませんで...」

デュアンは自分でも言った通り靴を作ってもらったことが嬉しくてたまらなくて、その日のうちにブログに書いたのだった。このブログ、以前はオープンだったのだが、お披露目騒動以来、アクセス殺到するようになってしまったため、今では仕方なくパスワードをかけて特定の読者のみが読めるようにしてある。パスワードはレイにも教えてあったから、彼女は今や熱心な常連読者のひとりなのだ。それに、実はクロフォード家の双子も、デュアンと知りあう前に目ざとくこのブログを見つけて読者になっていたのでパスワードも知っている。デュアンがウサギ好きという話は、どうやらココから得た情報だったらしい。もちろん、ロベールやファーンもパスワードを知っていて、折に触れてチェックしてくれている。 

「多くの方はやはり、よほど特別な場合を除いて服はオーダーしても靴は既製品というのが普通でしょう。お子さんのものですとすぐにサイズが変わってしまいますしね。しかし、そこはさすがモルガーナ伯爵、洒落たことをなさると評判になっているとかで、おかげさまでこちら嬉しい悲鳴を上げておりまして」

聞いてディは笑っているが、デュアンは改めて彼の一挙手一投足が如何に世間に影響を与えるかということに感心するやら驚くやらだ。ディ自身には特に何の考えがあるわけでもない日常的な行動ですら、こういった現象を引き起こすほど話題になってしまう。

「うちの息子は、どちらかといいますとオーソドックスなデザインの紳士靴より、華やかなものを作りたがる傾向があるのですが、お子さんのものならデザイン的にもいろいろと遊べますし、この冬に向けて子供向けのシリーズを出してみようかと話しているのですよ。せっかくのいい機会ですから。それで...」

言って、レオナルドはソファに置いていた二つの箱をテーブルに出し、蓋をあけて中身を取り出した。出て来たのは柔らかな革で作ったアイボリーとワインのコンビのショートブーツで、サイドに大きな飾りボタンが二つ付いている。もう一方の箱からは、同じデザインだが今度はアイボリーとブラウンのコンビが出てきた。その上質ながらも可愛らしい仕上がりにデュアンはもう目を瞠っている。

「こちらはその第1作というわけなのですが、デュアンさまでしたらこの靴に合うようなお洋服をお持ちでしょうし、なにより履きこなして下さるだろう思いまして。心ばかりながら、私どものお礼の気持ちとしてお受け取り願えませんでしょうか」

「えっ。お礼だなんて、そんな。ぼく、大したことなんにもしてないのに...。ねえ、お父さん」

美しいものに対する物欲も人一倍のデュアンだから、心の中では見たとたんに欲しい欲しい欲しいと叫んでいたのだが、高価になるに違いない品を、しかもいきなり2足もプレゼントすると言われたら、さすがに戸惑うのも無理はなかった。しかし、ディはレオナルドという人物をよく知っているので、彼が純粋に謝意を表していることも分かったし、それにデュアンが使うことでローラン靴店の顧客に対する株が上がることも予測できた。

「レオナルドの気持ちだから、有り難く頂いておきなさいよ。きみに似合いそうだ」

「いいの?」

ディが頷く横で、レオナルドも言っている。

「ルパート...、うちの息子ですが、僭越ながらこれはデュアンさまのイメージでデザインさせてもらったと申しておりましてね。ぜひ、お試し頂きたいと」

そうまで言われてはデュアンにも否やはあるわけもなく、大喜びで答えた。

「分かりました、どうも有難う。実際、ぼくこれにバッチリ合うような服を持ってるんです。秋になるのが今から楽しみ!」

「ああ、そうだ、レオナルド。他にもシリーズを出すって言ったよね」

「はい、ルパートが今、はりきっておりまして」

「だったら、サンプルが出来たらまた見せてよ。デュアンが気に入るのがありそうだし、今回作ったのはオーソドックスなタイプばかりだから、面白いものがあったらまた作ってもらいたいな」

「かしこまりました」

「考えてみると子供の靴でデザインのいいものって、ありそうでいてないものね。確かにサイズがどんどん変わるから、日常的なものならともかく、凝ったデザインのものとなるとなかなか」

「左様でこざいますね。私どもも盲点だったと思うのは、実はそこなのですよ。一般のメーカーですと需要に対して、生産数とデザインの多様性の両立には難しいものがありますが、オーダーメイドは価格は高価になるものの、デザインの点で細かな変更がききますし、極端に言えば世界に一足しかないデザインのものも作れるわけです。そういう意味で"特別な時の靴"として考えるなら、オーダーに勝るものはないということで」

レオナルドの言うのを、ディも納得して頷いている。そこへ、デュアンが口を挟んだ。

「じゃ、ローランさん。例えば、ぼくが自分でデザインしたものとかでも作れるんですか?」

「もちろんですとも。デュアンさまのデザインでしたら、私も見てみたいですよ」

「え、ほんとに?」

「はい。先日のヴォーグの特集ですとか、他にもいろいろとご活躍で。注目させて頂いております」

「わあ、それは大変。本当に一作たりとも気を抜けませんね。頑張らないと」

「実際、このお年であれほど描かれるとは、伯爵も先が楽しみでらっしゃるでしょう?」

「んー、まあねえ。大事なことは分かっているようだから、後は描くことだと思ってるんだけど」

「ね、じゃあさ、お父さん。靴もデザインしてみていい?」

「ん? やってみたいなら、構わないよ。もし、 レオナルドが作ってもいいと思うようなものが描けたら、オーダーしてあげてもいいし」

「よし! 靴ってコーデの決め手なのに、あちこち探し回ってもビシっと合うものってなかなかないんだもの。子供の靴っていいのなかなかないよねーって、以前からママとも言ってたの。だから、このブーツ見たとたん、ああ、あの服にこれがあったら! って思ったしさ。それで今、他の服にも合いそうな靴のイメージが怒涛のように押し寄せてきてて...」

デュアンの言うのを聞いて、ディは笑っている。それに、レオナルドも興味を引かれたらしい。

「それはそれは。デザイン画になったら、ぜひとも拝見させて頂きたいですよ」

「そうですか? じゃ、すぐ絵に起こしてみます」

カトリーヌも平面的なイラストだけではなく、ショップで扱う様々なインテリアグッズなどを自分でデザインしてしまうのだが、横で聞いていてディは、どうやらデュアンにもそういう方向のイマジネーションが働くようだと思っている。

それからも、しばらく三人の間であれこれと靴談義がはずんでいたが、やがてレオナルドが帰ると、出来上がったばかりの靴を嬉しそうに箱に納めているデュアンにディが言った。

「それにしても、きみがブログに書いただけでそんな話題になるとはね。もしかして、きみは既に我が家のアイドルってだけじゃなく、社交界のアイドルになりつつあるんじゃない?」

それへデュアンは笑って、う〜ん、これはもう血筋かなあ...、と冗談を言ってから続けた。

「でもさ、驚きなのはお父さんの方だよ。ぼくがいくらブログに書いたって、それがお父さんのやることじゃなかったら、そんな話題になったかどうか」

「そうかな」

「そうだよ。なんだかんだ言っても、みんなやっぱり真似したくなるくらい思ってるんじゃない? カッコいいなあって。お父さんこそ、ほんとに"アイドル"なんだなってつくづく思ったよ」

言って、デュアンは深いため息をついた。しかし、ディは話半分にしか聞いていないらしく、はいはい有難う、と言っている。その様子を見て、こういうヘンに自惚れてないところがまた素敵なんだよね、とデュアンは思い、不覚にも見とれてついついそちらに目を向けたままになってしまったようだ。

「ん? 何?」

「え?」

「いや、ぼくのこと見てるから。何かあるのかと」

言われてあわててデュアンは首を横に振り、なんでもないよと言った。家の者に不審に思われるような態度を取ってはならないのはもちろんだったが、諦めるか、万に一つの可能性にかけて告白するか、少なくともどちらかに決める前に、当のディに自分の気持ちを悟られるようなことだけはあってはならないのだ。それでとりあえず早々に引き揚げた方が良さそうだと思ったようで、彼はミランダを呼んで箱に入った靴の山を部屋に運ぶ手伝いを頼むことにした。インタフォンの受話器を上げて、出てくれたアーネストにミランダをよこしてくれるよう頼んでから、デュアンはふと気づいて父の方を見ると言っている。

「あ、そうだ、お父さん」

「何?」

「靴、作ってくれて有難う。大事にするね」

それへディがにっこりして頷くと、また、その笑顔があまりにも魅力的なので、ああ、困った! と心の中で叫ぶデュアンなのだった。これはもう当分、彼にとって地獄と天国往ったり来たりの毎日が続くことになりそうだ。

original text : 2012.2.4.

       

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