公演が終了した後、ランディが言っていた通り、ルーカスたちが日常使っている稽古場で関係者や親しい者が集まってのパーティが開かれている。芝居の方は観客が沸きに沸いた上、スタンディング・オベージョンまで引き起こされるほどの大成功だったから、皆の気分はイヤが上にも盛り上がっていた。

後に、この日の舞台は"前衛か古典か?! 摩訶不思議な世界は、まさに『真夏の世の夢』!"などと評され、あちこちのメディアでも話題に挙げられることとなった。当初、上演は3日間の予定だったのだが、再演の要望や問い合わせなどが多数寄せられたため、ルーカスが奔走した結果として、もう少し大きな劇場での再演が決まったほどだ。

スタンダードなシェイクスピア作品とはいえ、舞台美術、衣装などの視覚的要素に若い感覚が大いに反映され、サラウンドシステムを駆使した音楽 = 聴覚的要素などとの融合も古典としては他に類を見ないような体験を観客にもたらした。それに、特にパックを演じたアルバート・ルース、タイターニアを演じたマルグリッド・レインなどは、若いだけにまだマスコミに出ていないというだけのことで、今ですら熱心な芝居好きのファンを多く抱えている上、そもそもルーカスが事情通の間で活動を期待されている存在であることも効を奏したのだろう。彼にとって、テレビなどに関わるのはあくまでも好きな舞台を続けたいための資金作りということがよく知られているから、うるさがたの評論家ですら常々好意的に見てくれる傾向もあった。

そんなわけで、ルーカスは今回の成功を上演前からかなり確信していたらしく、お祝い用の酒やオードブルを山ほど注文していたし、デュアンの差し入れも大半は残っていて持ちこまれている。食べるものも飲むものも、そして話のネタもふんだんにあるとあっては、広い稽古場のそこここではしゃいだお喋りの花が絢爛と咲いているのも無理はない。特に、デュアンとルーカスは年齢の違いを超えて"ディのファン"というところで意気投合しまくっていて、すっかり"二人の世界"にハマりこんでいる。

「...というわけで、デュアンくん。私は今回の作品ではやはり、古典を"古典"のままでなぞるというような芸のないことをするつもりは全然なかったんです。確かにシェイクスピアは偉大ですが、今ここに、そのスピリッツを甦らせようとするならば、彼ならどうするか。今、彼がこの時代に生きていたら、どんな舞台を創るか。それについて深く考え、その上に、何よりもやはり我々の心、熱意といったものが不可欠であり重要ではないのかと。つまり...」

「愛! ですよねーっ」

「おお、そうです! そうなんです! デュアンくん、分かってるじゃないですか。愛とは何か?! 私は、この今の時代にこそ、微力ながらも芸術に携わる者としてそれを叫ばなければならないと強く感じているのですよ!」

「分かります、分かります。お父さんのテーマも、まさにそれだと思います」

「やはり! だとしたら、私は間違っていなかった。では、これこそが、私の進む道なんですね! いやあ、嬉しいなあ、さ、さ、デュアンくん、お祝いにもう一杯行きましょう、もう一杯」

デュアンはともかく、ルーカスの方が既にすっかり出来上がっているようだ。近くのテーブルでファーンやウィル、それに劇団の女優たちとお喋りしていたランドルフは、その様子をさっきから気にしていたのだが、ルーカスがまたデュアンのグラスに酒をつごうとするものだから、とうとうたまりかねて口を出そうとした。

「おい、ルーカス。子供にそんな飲ませるもんじゃ...」

そう言って彼が椅子を立とうとするのへ、ファーンが服のスソを引っ張って止めている。

「大丈夫ですってば。デュアン、まだ全然酔ってなんかいませんから」

「だって、あんなに飲んで...」

「ああなったらもう止めてもムダですって。心配ありませんよ、あの子は、ぼくらより遥かに強いんです」

「とか何とか言って、おまえも相当飲んでるよな?」

「大丈夫、大丈夫」

言っている横から、ファーンとの話を中断されたのが不満だったらしく、女優の一人が割りこんだ。今回の芝居でタイターニアを演じたマルグリッドだ。

「もお、ランディなんか、ほっときなさいよ」

ファーンはそれへ、にっこりして答えている。

「そうですよね? せっかく皆さんと知り合えたんですから、楽しくやらなくちゃ」

「そうそう。だからね、シェイクスピアってシュールよねって話してたんじゃないの」

「ええ。ぼくは勉強不足で、まだまだ詳しいというほどじゃありませんけど、読んでいて詩的ミステリーを感じますね。シェイクスピアはこの一節で何を表現しようとしたのか、というような」

「そうなのよ。ルーカスの受け売りなのは認めるけど、でも確かにマトモに読もうと思っても一筋縄では読めないところが面白いわね」

マルグリッドは妖精の女王役をやるだけあって、なかなか神秘的な雰囲気のある美女だが、無闇とコマーシャルな方向へは流れず、舞台に立つ方を選んでいることからも知れるように芸術に一家言ありそうな知性を感じさせる女性だ。それでファーンの、この年の子にするとナマイキと思われそうな言い分にも好意的なのだろう。返って彼の知的レベルの高さに感心すらしているようだったが、本当のところはむしろファーンの方が、このような席で話が難しい方向へ流れ過ぎないように気を使ってすらいたのである。

「研究家の間でも、未だに議論が絶えないんでしょ? でも、それはそれとして、本当に今日の公演は素晴らしかったですよ。原版の意図はともかく、お芝居としてだけ見てもとても魅力的で。特にタイターニアは気品があって、本当にキレイだったな」

「またまた、このコは。おだてたって何も出ないわよ」

「おだてるだなんて、とんでもない。ぼくは心にもないことなんて口にできないタイプなので」

"女の子は可愛くて控えめが一番"とか言っていたくせに、とても"控えめ"とは思えない劇団のお姉さまたちが団体でかまってくるのへ、ファーンが実に調子よく受け答えして楽しそうに笑わせているのを見て、ランドルフは、こいつ、言ってることとやってることがえらく違うじゃないか、と思っている。実際、ファーンを"堅い"などと言ったことについては、もしかして前言撤回するべきかとすら考え始めていたのだ。今の様子では、どー見ても"堅い"などというのは錯覚だったとしか思えないし、また血筋なのか何なのか、女性の扱いがこれまたうまい。ランドルフは知らないが、事実、三兄弟のうちで本気で"堅い"などというのはメリルを置いて他にいないのである。

それでもデュアンとファーンに酒を飲むのをヤメさせたものかどうかランドルフが思案していると、それを察してウィルが耳打ちした。

「いいよ、いいよ。デュアンはスチュアートが迎えに来てくれるし、ファーンにはぼくが付いてるから好きにさせてやって。それに、二人とも自分たちの限度はちゃんと心得てるからね」

「おい、聞くけど、もしかしてこいつら、これが"地"なのか?」

「ってゆーか、ぼくにはふだんとそれほど変わってるとは思えないんだけど?」

それを聞いてランドルフはしばし考えている様子だったが、やがて何かに納得したように頷きながら言った。

「なるほどね。やっぱり、これって"血筋"ってヤツだろうな。さすがに二人ともあの親の子だわ。それにしてもしょうがねえな。ルーカスって悪くないヤツなんだけど、酒が入ると演説グセが出るんだよ。こればっかりはもう、始末が悪いのなんの。おまけに"注ぎグセまであって、やたら相手に飲ませようとするんだから」

「いいじゃない。デュアンも楽しそうだよ?」

ウィルの言う通り、デュアンとルーカスは前にも増して熱心に話しこんでいる様子だった。

そうこうするうちにウィルもランディも回りから声をかけられ、話しかけられするものだから、そちらに引っ張られてバラバラにファーンのいるテーブルから離れて行ってしまった。それをいいことに、マルグリッドが言っている。

「ねえねえ、それはそうと"ランディは最近、『ファーン』って子にご執心"ってウワサがあるんだけど、それってもしかしてきみのことだったりしない?」

しかし、これにはファーンは"えー、どうだろう?"とすっトボケておいた。

「そもそもファーンって女の子の名前じゃないの。だから、私たちはてっきりそうだと思ってたんだけど」

「ぼくのファーストネームは"エドワード"というんですよ。ただ、生まれた時から母の趣味で"ファーン"と呼ばれていたので」

「あら、そうなの?」

「ええ」

それへ横からハーミアを演じたグロリア・ジャクソンが口を挟んだ。

「ランディって、ほんとはけっこう、いいとこボンなんでしょ? 前々からそうじゃないかって話はあったんだけど、きみと同じ学校ってことは寄宿制の男子校なのよね?」

「ええ」

聞いて、グロリアも回りにいるマルグリッドや他の女優たちも笑い崩れている。

「ランディの意外な一面発見!」

「あのコって、絶対そっちのシュミはないと思ってたんだけどなあ」

「女に甘いのは、実はカモフラージュでしたか!」

ファーンは彼女たちの冗談に笑いながらも、でも、本当にそうかどうかは、知りませんよと煙に巻いている。

「まあねえ、これはヒトそれぞれだからいいんだけどさ。それに、きみのようなコだったら"まさか"もアリかなとは思うわね。ほんっと、美形兄弟だもん、二人そろって」

「後光射してて、これじゃ女の立場がないって」

「それを言うなら"女優の立場がない"よ」

「言えてる、言えてる」

「ともかく、じゃ、やっぱりランディって"お坊ちゃま"だったんだ。あんなモノ言いしてるくせに、どーこかお上品なとこがあったりしたし。でも、何にせよ、いいヤツなのよ。私たちみたいなことやってるとカタギの職につくってことができにくくて金欠だったりすることあるんだけど、見かねておごってくれたりとか、けっこう、お人ヨシでさあ」

「でも、彼ってよくバイトしてるじゃない? だから、親のおカネでってわけでもないのよね」

「うん。今どき、珍しいよね、ああいうコ」

若いとはいえ、既に二十代のお姉さまたちから見れば、ランドルフも"あのコ"になってしまうのかとファーンは可笑しい気がする反面、彼女たちの話から彼の人となりも伺い知れた。やはりウィルが言っていた通り、"目端の利くリーダータイプ"ということなのだろう。それは確かに、ビジネスマン向きの性質だ。

パーティはその後も盛況なまま続いていたし、ルーカスがあの有様だったから、劇団員の中でもうるさがたでルーカスに次ぐ権限を持つポーリーン・ワトソンが翌日も公演があることを主張してお開きにしなかったら、朝方までこの調子だったかもしれない。一方、ランドルフの心配をヨソに、それぞれお迎えが来たのをしおに引き揚げたファーンもデュアンも、飲んでいたわりには平然としたものだったのは天晴れな話である。もちろん、自らお目付け役を自認していたウィルに至っては、そもそもがつきあい程度以上に飲みすぎる性質ではないから、皆に惜しまれつつの三人の引き際は実に鮮やかなものだった。

original text : 2011.12.13.-12.16.

         

© 2010-2012 Ayako Tachibana