「だって、ママ! ぼくには絶対その権利ってあると思うんだ。ぼくの本当のお父さんなんだから!」

「しつこいわね。迷惑をかけるからダメだって言ってるじゃないの。それともなに? あなたはママだけじゃ不足だって言うの?」

「そんなこと言ってないでしょ? そりゃ、お父さんが本当に迷惑だって思ってるならあきらめるよ。でも、ママは聞いてみてもくれないでダメって言ってるんじゃないか。お父さんが、ぼくなんて見るのもイヤだって言ってたわけじゃないんでしょ?」

「ディはそんな人じゃないわよ。あなたが生まれた時だって、彼の力が必要ならいつでも言っておいでって言ってくれたわ」

「だったら、ママはなんでそうダメダメって言うのさ?」

「だから言ってるじゃないの。迷惑かけないから子供が欲しいって言ったのは私なんだもの。今更、あなたのことで彼を煩わせたくないのよ。ああもう、こんなことなら、やっぱり言うんじゃなかったわ。彼があなたのお父さんだなんて!」

ここ2年ほどの間、ことあるごとにこれがデュアンとカトリーヌ親子の最大のケンカのタネなのである。デュアンは彼の大好きな画家が実は自分の父と知って以来、半分以上はファン根性で会ってみたいと言い張り続けているのだが、母のカトリーヌの方は"ディに迷惑をかけたくない"という理由でずっとつっぱね続けているのだ。

「分かったよ! じゃあもうママになんか頼まない。ぼくひとりでも会いにいく!」

「冗談じゃないわ、やめて頂戴」

「ママに止める権利なんかないんだからね。それにモルガーナ家のお屋敷なら、もう場所もちゃんと調べてあるんだから」

「なんですって。どこでどうやって調べたのよ」

「熱狂的ファンの情報網を甘くみないでよね。ファンのネットワークで教えてってちょっと書き込みしたら、別に非公開情報ってわけじゃないし、すぐ教えてくれる人がいたもの」

カトリーヌがデュアンにその話をしたのは、まだ彼が小学校に入りたてくらいの頃だったから、これまではダメダメで抑えておけば良かったのだが、これはそろそろそういう知恵が回る年頃になってきたということなのだろう。こうなってしまうと、さすがに彼女も折れざるを得なくなった。万一にもデュアンが単身訪ねてゆくようなことがあったら、それこそディに迷惑かもしれないし、逆に門前払いにでもされようものならデュアンの方が相当キズつきもするに違いない。

そう思ったカトリーヌは、不承不承ディに電話をかけてみることに同意した。そうでもしなければ、デュアンは言ったとおりのことをやりかねない爆弾っコだったからだ。

彼女にとって今となっては昔の恋人とはいえ、別れたくて別れたわけではない。しかし、そもそもつきあい始めた当初から、そう長く続くわけのない相手だったのも確かだ。ディを独り占めできる女なんてこの世にはいないし、それがイヤならどこかで諦める他ないことくらい分かっていたから、彼女はせめて彼の子供くらい側に置きたいと思ったのでもあった。

ディの屋敷にかけると執事が取り次いでくれて、すぐに受話器からその懐かしい声が聞こえてきた。

 ― あれ? 珍しいね。カトリーヌ?

「ええ」

 ― 元気?

「まあね」

 ― どうしたの、今日は。何かあった?

「ごめんなさい。実は、デュアンのことで...」

 ― デュアン?

ディはそれが自分のことなのか、他の誰かのことなのか、一瞬、本気で分からなかったらしく、純粋な疑問符付きで問い返した。それを聞いて、カトリーヌがさもあるだろうと思っていると、ふいに彼は自分で思い出したらしい。

 ― ああ。はいはい、デュアンね。

「そうよ」

彼女は一瞬、あなたの息子よ、と言ってやりたい衝動にかられたが、寸手のところで自分を抑えた。どうせこんな男と分かっていて、子供が欲しいとねだったのは自分なのだから仕方がない。ディが言っている。

 ― きみがそんな名前を付けるものだから、誰のことかと思ったよ。すっかり忘れてたけど、デュアンは元気なの?

しかし、少なくともディの声には迷惑がっているようなところは全くなかった。別れた昔の恋人のところにいる隠し子なんて、彼ほどの有名人ならどうかすると厄介以外の何者でもなくなりそうなところだが、そういう風には全然気にしていないらしいのもディのディらしいところだ。カトリーヌはそれに内心ちょっと笑って答えた。

「おかげさまで、大元気よ。元気すぎて困ってるくらい」

 ― 困ってるって、何かあったの?

「あったっていうか、ごめんなさい。私、父親があなただって、あの子に教えちゃったのよ」

 ― え? なんだ、まだ言ってなかったの?

「うん」

 ― そう。で?

「そしたら、あの子、あなたのもう熱狂的なファンなものだから、会わせろ会わせろって朝から晩までうるさいったらなくて」

 ― ぼくのファン? へえ、そうなんだ。

「何年も前からよ。考えてみると4年越しじゃないかしら」

 ― それはそれは。

「でね、迷惑がかかるからダメよってずっと言ってたんだけど、とうとうあなたの家の場所まで探り出しちゃって、会わせないなら一人でも会いに行くって言い出しちゃったの」

 ― なんで迷惑? ぼく、そんなこと言ったことないだろ?

「それはそうなんだけど...」

 ― いいのに、そんな気を使わなくても。会いたいって言ってくれるんなら来させれば? ぼくなら全然構わないよ? ぼくの息子なんだし。

「本当に、いいの?」

 ― うん。じゃあ、いつがいいかな。ちょっと待ってくれる?

ディは側のスケジュール表を見て、ゆっくり時間の取れそうな日を探しているらしい。それから彼はデュアンの学校と重ならない日ということで、2週間後の日曜日はどうかと提案した。

「いいわ。じゃあ、あの子に言っておきます」

 ―  迎えに行かせようか?

「大丈夫よ。近くまで私が送ってゆくから」

 ― そう? じゃ、待ってるよ。良かったら、きみも一緒においで。

「ええ。気が向いたらね」

もう随分長く会ってなかったけど、あいかわらずねと彼女は微笑して答え、ちょっと複雑な気分で受話器を置いた。

original text : 2008.4.15.

  

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