あとがき・その2 〜Dialogueと音楽〜 

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80年代半ばは洋楽を単に"音"としてワケも分からず聴いていたので、一番ハマってたのがご多分にもれずカルチャー・クラブだったりするんですが、後半あたりにさしかかるとちょっとは英語が分かるようになってきて、英国現代音楽の真髄みたいなものが垣間見えるようになってきました。そもそも"英国の音楽ってこーゆーものだったんですか?" と驚きをもって開眼したきっかけはブライアン・フェリー氏の"Boys and Girls"なんですが、当時はとにかく音楽を聴きまくっていた時だったので、他にも好きな作品は沢山あります。そんな中で、特にDialogueを書いていた時に多くのイメージが浮かぶきっかけになったのが、ここでご紹介しようと思っている4枚なのです。

     

1.T'PAU  "Bridge of Spies(1887)"、"RAGE(1889)"、"The Promise(1991)"

まずは、純正英国サウンドということでT'PAU。どれも20年も前に作られたものとはとても思えません。当時は特にキャロル・デッカーのド迫力ヴォーカルにハマりこんでましたが、この3枚、どれも1曲たりともつまらないものがないほど完成度が高い。まあ、この時代は"完璧でなければ存在する意義がない"という規定でもあったんじゃないかと思えるくらい徹底的に造りこまれた作品が多いんですが、T'PAUのはどれもその典型と言えるでしょう。

初めて聴いたのはセカンドの"RAGE"だったと思いますけど、とにかくコレが素晴らしいのでファーストも即手に入れて聴き、しばらくしてサードが出た時には"先の2枚があんなに凄すぎると、3枚目はちょっと退屈になってても仕方ないよな"と思いつつ聴いて...、聞くなりぶっ飛びました。サードの1曲めは"SOUL DESTRUCTION"という曲なんですが、この1曲で後がどんなにつまらなくてもモトは取れたぞとゆーくらい、大々的にパワーアップしていたからです。しかも、"この1曲"どころか全12曲、ただのひとつも愚作がない!!! それで私は"これがT'PAUの音楽に対する姿勢なんだな"と改めて感動させられたのでした。しかし、さすがにこれだけのモノを3枚も作ったらグループとしては力尽きたのか、後に1999年にやっと1枚"RED"という作品を作って、その後、現在に至るまで新作はないようです。そりゃまあ、当然だろうと思いますが...。

さて、そのサード"The Promise"、これはDialogueのBook1、つまりウォルターが出てくる話を書いてる時に一番影響が大きかったものです。歌詞という点では、少なくとも私にはフェリーさんの作品のようなトータリティとか詩的一貫性が感じられるわけではないんですが、それぞれの曲の持つ雰囲気がいろいろなイメージを齎してくれました。

中でも1曲めの"SOUL DESTRUCTION"、これはもう私にとっては綾のテーマだなと言ってもいいと思う。ただ、先にも書いたように歌詞の内容("二股かけて私のことを笑ってたのね、腹立つわ"ってだけの歌)とは無関係ですけどね。とにかくこのタイトルが、私には歌詞そのものとは関係なくもっとずっと深い意味をイメージさせてしまうんです。その1で書きましたが、「誰もが正しいと信じていることに敵対せざるをえない立場に置かれる」というのはまさに"SOUL DESTRUCTION"な状態なわけでね。はっきり言って、例えばボノとかイーノとか、ああいうヒトたちはとってもラクなんです。なぜならば彼らは「誰もが正しいと信じていることを遂行」していればいい立場なんですから。みんなに褒められるし尊敬されるし、いいですよねって思いっきりイヤミ言ってやりたいぞってのがこっちの立場なんだな。損な役回りだし、極悪人扱いだし、いいことないし、それでもこっち側に立たざるを得ない人間ってのは、ほんとーに"SOUL DESTRUCTION"なんですよ。分かります?

しかし、それは分かるやつには分かるし、分からんやつには一生分からんだろうという問題なんで置いといて次行きます。続く"Whenever You Need Me"は綾の別れてからのウォルターに対する気持ちそのままみたいな感じの曲ですね。歌詞の内容は"あなたがどんなに大切か、私分かってなかったわ。もう一回やり直せないかしら"てなもんなんですけど、中に"Won't you forgive a stupid girl"とか、"some poor fool who never knew the beauty of a precious love"とかってとこがあって、で、"whenever you need me"でしょ? 私にはこのへんが"ウォルターに純愛を捧げられながら(笑)、それがどんなに貴重なものかも分からんとのーてんきしてたバカな女の子"という綾の自責とか自嘲とか、"こんなバカはもーどーしよーもないけど、せめて必要としてくれる時があるならいつでも力になるよ"っていう気持ちとかと重なってくるわけです。

で、"3曲めの"Walk On Air"。これは歌詞は"あんなに幸せだったのに、突然あなたが去ってしまい〜"みたいな曲なんですが、楽曲のイメージが軽いので、私としてはどうしても二人がまだ恋人どうしとしてシアワセしている時の雰囲気を感じてしまいます。それはたぶんこの"walk on air"というタイトルのせいでしょう。"we walk on air, we take our share of what we want, but when it's gone, we stumble on and walk into the wilderness"だからやっぱり結局は別れの歌なんですけど、まあ、うまく行ってるときは"walk on air(空気の上を歩く)"だったわけで、これは日本流に言えば"雲の上を歩く"みたいな感じですからね。

それから最後の曲は"Purity"という、バックはピアノのみというT'PAUにしては非常に珍しい曲なんですが、これは後に綾がいろいろあって(詳細はあとがきのオマケ参照)一時期行方をくらましてた時に、その間はスティーヴのとこに転がり込んでたんですが、そこで彼のピアノで昔を思い出しながら歌うってシーンがある。作中ではウォルターが綾の音域に合わせて書いた曲ということになってますが、それが実はこの曲だったりするのでした。これらの他にもイメージの元になった曲はいろいろあります。

ともあれそういうわけで、T'PAUの曲は歌詞としてはポピュラーな音楽としてよくある順当なものだと思うんですけど、ただ、楽曲全体が表現するものは単なるポップス以上のもの、まあ言えば"芸術性"を内包しているとも思います。だから"ブリティッシュ・ロック"でもあるんですが、曲の多くは基本的にキャロル・デッカーが書いているようなので、その中核にあるのはヴォーカリストでもある彼女のハートってことなんでしょう。そして、彼女の歌には私は常にある種の祈りがこめられているような気がします。それは特に"The Promise"最後の曲である"Purity"を聴く機会があったら、皆さんにも分かってもらえるかもしれません。(※歌詞はこちら

     

2.Stevie Nicks "Time Space(1991)"

綾というキャラがキャラなんで、どうしても影響されるのは迫力のあるヴォーカルってことになるようですが、キャロル・デッカーと並んで私が最も好きな女性ヴォーカリストがスティーヴィー・ニックスです。この"Time Space"はベスト盤なんですけど選曲は彼女自身で、しかもそれぞれの曲に創った時の経緯などがコメントとして付いているという、単なるベスト盤とはちょっと言い切れない興味深い一枚になっています。とにかく、ジャケ写でご覧になれる通りの超美形お姫様ですから、男女を問わず美人好きの私はそのへんに魅かれて聴いてみようと思ったのが最初でした。

ただ、実は私は彼女が在籍していた頃のFleetwood Macのアルバム"Rumours"をLPで持っていて、それを聞いていた当時はスティーヴィー・ニックスの存在そのものを認識してなかったんです。まあ、だからグループとしてのマックの方に興味があって聴いてたってことですね。ですから、この"Time Space"で初めて、スティーヴィー・ニックスをスティーヴィー・ニックスとして聴いたってことになりますけど、同時に声とか歌はそれより以前に知ってて好きだったとも言えます。

で、彼女はアメリカ人なので、厳密に言えば英国とは関係ないと言えるかもしれませんが、Fleetwood Mac自体は起源が英国にあり、後に中心的なメンバーがアメリカに渡って、スティーヴィー・ニックス、リンジー・バッキンガムを加え、全盛期の大ヒット作である"Rumours"を世に出したということのようです。だからFleetwood Macというバンドの中に英国的な色彩があるのは当然で、更にそのカラーとスティーヴィーやリンジー・バッキンガムの持っているカラーが合致したことにより、あくまで私見ですが、あのちょっと物憂げで極めて英国的繊細を感じさせるサウンドが完成したのではないかと思ったりします。

さて、このアルバム"Time Space"も全体に渡って"Dialogue"というお話のイメージに影響していて、中でも"STAND BACK"、"EDGE OF SEVENTEEN"、"I Can't Wait"、"Has Anyone Ever Written Anything For You"、"DESERT ANGEL"、これらの曲はBook1より後の展開を書いてた時に聴きまくってたものです。あとがきのオマケを読んで頂くとちょっとは分かるかもしれませんが、とにかく綾はこの後、楽園崩壊に等しい加納家倒壊に直面させられるわけで、従って相当壮絶な展開になってゆきます。なにしろ、両親殺されて自分も大ケガさせられて、その復讐に敵の本拠に乗り込んでって大暴れした挙句に失踪ですからね。

そういうめちゃくちゃしんどい状況に置かれて、でもそれを超えて最後には家帰って修三さんの後を継ぐんですけど、これらの曲がどうストーリーに影響したかは、お話そのものが出てない今の段階では解説しづらいんで、いずれまたそのうちってことにしときましょう。ただ、これらの中でも"EDGE OF SEVENTEEN(ジョン・レノンが亡くなった時期にスティーヴィーの叔父さんも亡くなるというようなことがあったようで、そういう出来事に対する彼女の気持ちが反映されているらしい曲)"、"DESERT ANGEL(湾岸戦争の時に、戦地にいる人たちを想って書かれた曲)"には、やはりある種の祈りのようなものが感じられます。それと"Has Anyone Ever Written Anything For You"これはぐっと安らかなサウンドなんですけど、綾が家に戻って初めて両親のお墓参りに出ている時(加納家そのものはクリスチャンなんで、そういう墓地の雰囲気をイメージして下さい)、マキちゃんが家でなんとなくピアノ弾いて歌う曲がこれなんです。まあ、様々な悪いことを越えてきて、やっと落ち着きを取り戻せたという感じかな。

ちなみにこの曲は、以下のような状況で出来たもののようです。スティーヴィーによると、彼女の当時の恋人だったジョー・ウォルシュが、― 彼は三歳半だった娘さんを亡くしてるんですが ― 二人で一緒にドライヴに出かけた時に道々、スティーヴィーがあんまりあれやこれやとつまらないことで文句を言っているのを聞いて、それらが全く取るに足りないことなんだと教えようとしてか、娘が生前好きだったという公園に彼女を連れてってくれた。で、そこには水のみ場があるんだそうですけど、彼の小さい娘が言った文句といっては"水飲み場が高すぎて水が飲めない"ということくらいだったよ、と。で、見ると、公園には子供用の水飲み場が出来ていて、どうやらそれは彼が(おそらく娘さんの亡くなった後で)寄贈したものらしい。まあ、どれほど彼がその子を大事に想ってたかってことですよね。で、そのあたりの彼の心情や人柄に感動して、彼のために書いた曲ってことのようです。

このテキストを書きながら思ってたんですけど、どうも"Dialogue"というお話には、どうやら"どうにもならないことに対する祈るしかない気持ち"みたいなものが根底にあるらしい。これは私自身にはなるほどね、と納得できることなんですが、それについて説明するのは全編が出てからでないとやはり難しいです。個人的なことならたいてい何をどーやったってなんとかする、これは綾に反映されている作者の性質でもあると思いますけど、"死"とか、更に大きい意味で現在をも含む"歴史"というものの中には、どうにもならないことが山ほど転がっている。これはもう本当に"祈るしかない"という種類のことなんでしょう。そのあたりが、ここでご紹介したこれらの作品と共鳴してくるところなのかもしれません。

     

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※"Purity" written by C.Decker

There was a time I recall

We played in the sunshine one and all

Time of our lives when were small

Young and full of heart

Somewhere along the weary way

Tenderness leaves the games we play

Pain is too high a price to pay

And so we drift apart

 

I long for naïvety and purity of heart

I wish I'd never left

The comfort of my mother's love

I wish I could go home

 

Don't wanna grow old

Don't wanna grow up at all

And I don't want the world to die

 

Sometimes I think the best has gone

When you look around at what we've done

To persecute all we're living on

Fear the rising tide

When we were children we would run

Knowing that there could be someone

To keep us form all that could go wrong

Now we face our lives

 

I pray for humanity and clarity of thought

I wish we

Never hurt the feelings of this mother earth

I wish somebody cared

 

Don't wanna grow old

Don't wanna grow up at all

And I don't want the world to die

And I don't want the world to die

Text : 2010.12.9.+12.26.+12.28.

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