The Popular Press

...or how to roll your own records.

Time Out, February 2-8, 1979

 

1936年、ドイツの評論家ウォルター・ペンジャミンはその「機械生産時代のアート作品」と題したエッセイの中で言っている。「このように作家と大衆の境界線は消滅しつつある。場合によって異なるだろうが、読者はいつでも作家に転じうるのだ。」しかし現在ではこうした民主的変革という楽観は影を潜めてしまった。ベンジャミンのエッセイは、しばしばヴィジュアル・アート、写真や映画に関連して引用されて来たが、ロック・ミュージックに関して言えば、それは容赦なくビジネスとテクノロジーに縛りつけられて来たと言っていい。ベンジャミンの、消費者と製作者の境界があいまいになるという進歩的な予見をロック・ミュージックは決して裏付けては来なかった。

とは言うもののポピュラー・ミュージックの世界にも、こうした因習の破壊者や、レコード業界がミュージシャンたちの音楽に対する渇望に何の注意も払っていないという現実をイヤというほどよく知っている連中もいて、それ故に小さなレーベルも存在し続けて来たのだ。CommodoreやBlue Noteなどは、もともとアメリカの熱狂的ジャズ好きが集まって設立されたものだし、Humphrey Lytteltonは50年代初期に自分のレーベルを持ち、1970年代には英国の小さなアヴァンティストのグループが、夥しい数の自主制作作品を生み出す触媒として機能してきたIncus labelを設立している。ジャズは小規模のレーベルに向いているが、これは制作費が極小で済むからだ。ある評論家が教えてくれたのだが、「90パーセントのジャズ・レコーディングは、ミュージシャンの前にマイクを立てて演奏を録音するだけで済んでしまう」という。反面、ロックにおけるレコーディングとテクノロジーに関する費用は高騰する一方だ。最近デヴュー・アルバムの制作にスポンサー探しをしているあるバンドは、スタジオ経費だけで2万ポンド必要だと言っていた。

しかし今やそういった実情は変化しつつある。その例として最も頻繁に引き合いに出されるのが、オリジナルのレコードを自主制作しているThe Desperate Bicycles(ザ・ディスパリット・バスシクルズ)だ。このバイクスが初めてのシングル「スモークスクリーン」を作ったのが2年前のことである。五百枚分の制作費総額は153.15ポンドで、それでもジョン・ピールのラジオ番組でオンエアされるのには十分だった。

そうしたバイクスの精神を受け継いでいる沢山のグループの中のひとつがスクリッティ・ポリッティである。彼ら自身のセント・パンクラスレーベルから発売された初のシングルは、昨年末タイムアウト誌でシングル・チャートに顔を見せていた。スクリッティ・ポリッティは通常の意味でのバンドではないかもしれないが...。(15人以上が集まっていて、全部がミュージシャンというわけではない。)

彼らは9ヶ月前リーズからやって来たが全くの無名で、リーズ時代にツアーを目撃したパンクバンド ― よく知られているのはクラッシュやピストルズ ― から継承した理想主義的な思想以外何も持ち合わせていなかった。「ロンドンに来てから、ぼくらは自分たちの考えを変えるような様々なものが来るに任せておいたんだ。それで、例えばPeru Ubuなんかを発見したわけだけど。」彼らは多様な、また実験的な音に適応するためにニューウェーブを広義に捉える考え方を拾い上げた。また理想主義の実践としては、自主制作レコードに投資している。ギター2,3本と、アンプ、何てことのない普通のテープレコーダーで、「ちょっと音楽を作ってみようかな、と思ったんだ。さっさと作って、手に入れやすいように出回らせておけば、みんな話題にしてくれるからね。」

誰だかの兄貴から500ポンド借りて、スクリッティ・ポリッティは前から自作しリハーサルしていた4曲を使ってシングルを作ることに決めた。ある日18時間、ケンブリッジの小さなスタジオで録音して出来上がったのが例の4曲を収録したテープだったが、そのうちの2曲が次の段階であるマスターに回されるために選ばれた。けれども予算からゆくと五百枚ほどプレスするのが精一杯だったので、先の段階に進めるべきかどうか決めるために、彼らは売れそうかどうか小さなディストリビューター(レコード販売業者)を回ってみることにした。

そこで彼らが見つけた、そしてそのカセットを気に入ってくれたのがラフ・トレードだったが、それはポートベロ・ロードのレコードショップに運営されており、既に自分たちのレーベルからシングルを発売し始めていた。この出会いには二つの重要な点がある。ひとつはコストも利益も折半という条件で、2500枚プレスするのに必要な費用を得ることができ、二つ目は彼らの音楽が聞くにたえるものと判断されたことだ。「ショップのスピーカーで流れたんだけど、そのへんに立ってる全くの他人に聞かせるのは初めてだったんだ。ちょっと変な感じがしたよ。いきなり自分たちの作った音楽が公然としたものになったんだからね。」

しかしスクリッティ・ポリッティにとって、また小さなレーベルとコラボレートしている他の多数のバンドにとってもだが、彼らの音楽は一般に流れた時点で自分たちのコントロール下から離れるというわけではない。「ロックの社会学」の中でサイモン・フリスが言っているように、「通常の契約ではレコード会社が作品の最終的な著作権保持者となり、どの曲をどのようにプロデュースし、いつリリースされるかを決定する権利のあることが明記されている。」自主制作(DIY)では、このバランスは大きく崩れることになる。

ラフ・トレードとの契約では、スクリッティは彼らのマスターテープが辿るその後の過程を見守ることが可能だ。マスターするには3日、プレスに3週間かかる。その間彼らは自分たちでデザインを起こしたスタンプでラベルを作り、更にはカバー(メンバーの仕事場でオフセット印刷したもの)も折りたたんでステープル止めするという作業をキッチンで行った。

また彼らはプレス工場からレコードが送られて来るのを待つ間に、2、3枚の「レイカーズ」、― これはアセテートのマスターディスクだが、通常のレコードプレーヤーで聞くことが出来る ―を手に入れ、それをジョン・ピールあてにしてビーブ(よく知られたインディペンデント・レーベルの王者)に置いてきた。何の前ぶれもなしに、このシングルは翌日の夜にラジオでオンエアされ、それを聞くやバンドはスタジオに飛んで行って外で待ち、ピールの番組終了後にスタジオでの「ライヴ」セッションを申し出た。3週間後に「スカンク・ブロック・ボローニャ」と「イズ・アンド・オート・ザ・ウエスタン・ワールド」(セント・パンクラス)を収録したレコードが発売され、音楽誌のジャーナリストたちがスクリッティの家に足を運び始めた。未だ小さなスケールではあったが、彼らの音楽はついに一般に流れ始めたのである。

スクリッティはその後も「音楽業界に対する建設的敵対」また、「ぼく達が期待する以上のアイデアを持っている」という理由でラフ・トレードにレコードの販売を任せることにした。ラフ・トレードはその姿勢に共鳴した国中のレコード・ショップとの提携を進めてもいる。しかしレコードの製作過程は未だインディペンデントに不利な状況にある。例えばプレスだが、予算の少ないインディペンデントにとって、これは大問題だ。何故なら、独立のプレス業者にしても大会社から山ほどの「カスタム」オーダーを抱えており、小規模の注文には優先権がない。プレス側では1000枚以下のオーダーには顔をそむけるし、よしんば受けてくれてもレコードが仕上がって来るまでに何ヶ月もかかる。プレス工場自体を設立しようとすれば厖代なコストが必要になるが、ラフ・トレードのピート・ウォルムジーによれば2〜3百万ポンドかかるだろうということだ。

そういうわけでウォルムジーのような立場にあるプロデューサーは、まだまだ受注先との関係を確立するのに尽力しなければならない。なぜならレコードの生産プロセスは未だ業界に握られているからだ。しかしウォルムジーは、自主制作には「みんなで見出し得る道があるはずだ」と確信している。

それはそう見えるほど難しくはないだろう。開拓者たちは他の人々のためにもレコード制作が透明化されることを望んでいるわけだが、例えばスクリッティは自分たちの経験をもとにして作ったパンフレットを配布しているし、ラフ・トレードはより包括的なガイドを作成するために情報を集めている。ブライトンのアトリックス・レコードは、同様のことをLPの制作に関して行っているし、ZigZag誌ではレーベルのリストやリリース、販売情報を集めた「スモール・レーベル・カタログ」を拡大している。彼らは技術的な情報についても取り入れて行く構えである。

その方法論は音楽同様さまざまであるが、ZigZagカタログの編集者であるデヴッド・マーローは言う。「業界の内外どちらでなされるべきかについては差ほど重要だとは思わない。契約を交わす必要を感じる人々の入る余地はあると思うし ― それをしなけれぱ彼らにはすることがないので ― それに理想主義(アイデアリズム)にも余地はあると思う。」


INFORMATION(1979年当時の自主制作レコード事情)

Recording : スクリッティ・ポリッティの使ったスタジオはスペースウォード。ケンブリッジの16トラックスタジオで、一日14時間を100ポンド以下で貸してくれる。増えつつある郊外の小規模スタジオの一つで、これは彼らが当たってみたロンドンのスタジオに比べると半分の値段だ。セッション・テープをスタジオから買い上げてしまうのはいいアイデアかも知れない。 ― そうしないとスタジオ側ではリユーズのために録音を消してしまうからである。ダニエル・ミラーはミュージック・ラボラトリーから買ってきた中古の4トラックマシンを使って家でレコーディングしたが、このスタジオではマシンの賃貸も行っている。はっきりしたライヴの音なら、ギグをそのままステレオ・テープに録音することも可能。

Sleeve and Labels (ジャケットとラベル): ジャケットを自作するつもりでないなら、プレスの前に用意しておくべきだ。無地のラベルはプレス費用に含まれることもある。 ― 聞くところによると、あるバンドはABBAラベルを裏返して貼り、その後、家でスタンプしたそうだ。ラベルやジャケットは縮小なしで実寸のフォトグラフィック・プレートから印刷される。製作中のロスを見込んで、15パーセントは多めに作っておくと良い。2500枚のシングルを作る場合、ラベルの費用はフォトグラフィック・プレート25ポンドと印刷代20ポンド、ジャケットは同35ポンドと75ポンド。

Mastering : テープから「アセテート」もしくは「レイカー」を編集する。その後初めてサウンドがレコード溝に刻まれるわけだが、この段階で意図するとしないに関わらず、音が変化する場合がある。 ― スクリッティはどんなリミックスも可能だと言われたので、エンジニアがやりっ放しで終わるようなサービスは避けた方がいい。シングル1枚両面にかかるコストは約35ポンド。

Processing and Pressing : プロセシングとブレスは通常ひとつの工場で行われる。前者は「メタルワーク」とも呼ばれ、これは金型(スタンパー)からレイカーを取り外せるように強度を出すため、電気めっきする作業。実際に熱したビニールをレコードにするためにプレスするのは、このスタンパーである。コストはシングル一枚につき13ペニーで、スクリッティの場合2500枚プレスするのにプロセシング費用27ポンドを含めて合計396ポンドかかった。少なくとも一つ「仲介役」をしてくれる業者があり、そのプロダクション・エクスプレス・エージェンシーは少量のプレス注文を空いている工場に回してくれる。例えばチェリー・レッド・レコーズのあるLPプレスに際して、クリスマス中にフランスのブレス工場に回すということを行っている。

Distribution and Sales(配布、販売) : 少数の友人にギグなどの後に買ってもらうなど。更に量が多い場合は卸しやディストリビューターに回す。インディペンデントのディストリビューターはZigZag誌の「スモール・レーベル・カタログ」にリストされている。その中のひとつ、スパルタンは特にインディペンデント作品をハイストリートのショップに回すことを専門にしている。価格は枚数によって決まるが、シングル一枚につき卸しに40〜45ペニー、ショップに45〜50ペニーというところ。「プロモーション」用をピールや地方のラジオ局、音楽誌などに送るのもいいアイデアだ。60枚ほど用意しておくといいだろう。

Legal/Bureaucratic (法的処理): 自分のレーベル名を考えて、カンパニー・ハウスに登録する。費用は100ポンド。レコーディングに際して曲が使用された場合のロイアリティはメカニカル・コピーライト・アンド・プロテクション・ソサエティ(MCPS)から、また公的に流された場合、主にラジオ放送からのロイアリティはパフォーミング・ライツ・ソサエティ(PRS)から分配される。他にクライブ・ソロモンによる別のロイアリティ収集、分配のサービスもある。

2001.7.1-7.3.